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クルツ Kurz, Hermann

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クルツ
Kurz, Hermann

[生]1813.11.30. ロイトリンゲン
[没]1873.10.10. テュービンゲン
ドイツの小説家。メーリケ,シュワープらと親交があった。『シラーの在郷時代』 Schillers Heimatjahre (1843) や『太陽館主人』 Der Sonnenwirt (54) などで,18世紀の封建制度下における民衆生活を描いた。

クルツ
Kurz, Isolde

[生]1853.12.21. シュツットガルト
[没]1944.4.5. テュービンゲン
ドイツの女流作家,詩人。 H.クルツの娘。父から古典文学を学び,父の死後フィレンツェに移住。イタリアやギリシアに材を取った小説,詩が多い。『フィレンツェ短編集』 Florentiner Novellen (1890) ,自伝的小説『バナーディス』 Vanadis (1931) がある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典内のクルツの言及

【テケリ】より

…北ハンガリーのプロテスタント大土地所有貴族の出。父が反ハプスブルクの陰謀に加わって敗れたため,1670年トランシルバニアへ行き,そこで78年から義勇軍クルツKurucの指揮をとり,同年9~11月の戦いで北部ハンガリーを占領,大公に選出された(テケリの乱とよばれる)。その後オスマン・トルコと結ぶが,83年のトルコ軍のウィーン攻撃の失敗ののち,皇帝レオポルトと和を講じようとしてトルコ軍に捕らわれ,85年には北ハンガリー大公国も崩壊。…

【ラーコーツィ・フェレンツの解放戦争】より

…1699年のカルロビツ条約でオスマン帝国がハンガリーの支配権を放棄すると,ハンガリー全土はハプスブルク家の世襲領邦の地位に落とされ,ハプスブルク政府による絶対主義が導入された。それに対して,ハンガリー支配階級の多くや農民,匪賊,クルツkurcと呼ばれる義勇兵らの不満が高まった。不満はすでに1677年にトカイ地方での農民暴動となっていた。…

※「クルツ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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