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サガスタ Sagasta, Práxedes Mateo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サガスタ
Sagasta, Práxedes Mateo

[生]1827.7.21. ログロニョ,トレシリアデカメロス
[没]1903.1.5. マドリード
スペインの政治家。初めマドリードで進歩派の新聞を編集し,1854年国会議員となった。 56年,L.オドンネルのクーデター後亡命したが,59年再び国会に戻った。イサベル2世の反動政治に反対して活躍,68年9月のカディスの革命では J.プリム・イ・プラツおよび F.セラノ・イ・ドミンゲスとともにこれを支持した。イサベル2世の亡命後,臨時政府の内相となり,アマデオ1世の即位に貢献した。アマデオ王のもとで内相,首相となり,急進的な立場を去って,社会主義運動を迫害した。 73年第一共和国の成立には反対したが,74年にはセラノ・イ・ドミンゲスを擁護した。ブルボン王家の復帰後は自由党の指導者として5度首相となり,労働運動に好意的な政策をとった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サガスタ
さがすた
Prxedes Mateo Sagasta
(1825―1903)

スペインの政治家。トレシーリャ・エンカメーロス(ログローニョ)で商人の子として生まれる。土木学を学んだのち、サモラの土木工事局長にあった1854年に進歩派蜂起(ほうき)を指導、コルテス議員に選ばれて政治家として頭角を現す。1856年に始まる穏健派政権期には政府批判を展開し、1866年のクーデターに加わり、失敗するとフランスに亡命した。1868年九月革命以後は内相、外相、首相を歴任したが、徐々に保守的傾向を強めた。王政復古体制ではカノバス・デル・カスティーリョと並んで体制を支え、1885年以降は政権交替制の下で、自由党を率いて数回にわたって首相となる。普通選挙制導入、陪審制導入など自由主義的制度改革を行い、1888年にバルセロナで万国博覧会を開くなど経済振興に努めた。しかし、後半はカタルーニャ・ナショナリズム運動、労働運動、植民地独立運動が高揚し、アメリカ・スペイン戦争で敗北するなど多難であった。政治とは妥協、危険回避の技術であるというのが信念であった。[中塚次郎]

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367日誕生日大事典の解説

サガスタ

生年月日:1827年7月21日
スペインの政治家
1903年没

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