ジネディーヌ ジダン(英語表記)Zinedine Zidane

最新 世界スポーツ人名事典の解説

ジネディーヌ ジダン
Zinedine Zidane
サッカー

サッカー選手
生年月日:1972年6月23日
国籍:フランス
出身地:マルセイユ
別名等:本名=Zinedine Yazid Zidane
受賞歴:バロンドール〔1998年〕;FIFA世界年間最優秀選手(第8回・10回・13回,1998年度・2000年度・2003年度)
経歴:アルジェリア系。1986年地元マルセイユに入団、18歳で正式にプロ契約を結ぶ。’92年ボルドーに移籍し、攻撃の指揮官としての資質を磨いた。’96年イタリア・ユベントスに移籍。同年11月トヨタ杯でクラブ世界一。’97年、’98年のセリエA優勝に貢献。2001年7月スペインのレアル・マドリードに史上最高額の6440万ドルで移籍。2002年5月チームを欧州チャンピオンズリーグ優勝に導く。2003年リーグ優勝に貢献。一方、1994年初のフランス代表となり、デビュー戦で2得点。同年米国大会でW杯初出場。’98年7月W杯フランス大会では決勝で2本のヘディングシュートを決め、フランスを初優勝へと導く。同年バロンドール(欧州年間最優秀選手)に初選出。2000年欧州選手権で優勝し、史上初のW杯、欧州選手権の連続優勝に貢献。2002年W杯日韓共催大会は怪我で1試合しか出場できず、フランスは1次リーグ敗退を喫した。2004年8月フランス代表から引退するが、2005年8月復帰。2006年W杯ドイツ大会では、イタリアとの決勝戦でDFマテラッツィに頭突きを浴びせて退場処分を受けたが、フランスを準優勝に導く活躍で、大会最優秀選手賞(MVP)に選出された。大会後、引退。1998年、2000年、2003年のFIFA世界最優秀選手、2005〜2006年FIFA年間ベストイレブンで、高い個人技を生かした突破に特長があり、“世界最高のMF”“プラティニ2世”と呼ばれた。2001年国連開発計画の親善大使に任命された。2009年レアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長のアドバイザーとして、現場に復帰。2013年より監督ライセンスの取得に取り組む。愛称はジズー。

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367日誕生日大事典の解説

ジネディーヌ ジダン

生年月日:1972年6月23日
フランスの元・サッカー選手

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現代外国人名録2016の解説

ジネディーヌ ジダン
Zinedine Zidane

職業・肩書
サッカー監督(レアル・マドリード・カスティージャ)

国籍
フランス

生年月日
1972年6月23日

出身地
マルセイユ

本名
Zidane,Zinedine Yazid

別名
愛称=ジズー〈Zizou〉

受賞
バロンドール〔1998年〕,FIFA世界年間最優秀選手(第8回・10回・13回,1998年度・2000年度・2003年度),ローレウス・スポーツ賞生涯功労賞〔2011年〕

経歴
アルジェリア系。1986年地元マルセイユに入団、18歳で正式にプロ契約を結ぶ。’92年ボルドーに移籍し、攻撃の指揮官としての資質を磨いた。’96年イタリア・ユベントスに移籍。同年11月トヨタカップでクラブ世界一。’97年、’98年のセリエA優勝に貢献。2001年7月スペインのレアル・マドリードに史上最高額の6440万ドル(約81億円)で移籍。2002年5月チームを欧州チャンピオンズリーグ優勝に導く。2003年リーグ優勝に貢献。一方、1994年初のフランス代表となり、デビュー戦で2得点。同年米国大会でW杯初出場。’98年7月W杯フランス大会では決勝で2本のヘディングシュートを決め、フランスを初優勝へと導く。同年バロンドール(欧州年間最優秀選手)に初選出。2000年欧州選手権で優勝し、史上初のW杯、欧州選手権の連続優勝に貢献。2002年W杯日韓共催大会は怪我で1試合しか出場できず、フランスは1次リーグ敗退を喫した。2004年8月フランス代表から引退するが、2005年8月復帰。2006年W杯ドイツ大会では、イタリアとの決勝戦でDFマテラッツィに頭突きを浴びせて退場処分を受けたが、フランスを準優勝に導く活躍で、大会最優秀選手賞(MVP)に選出された。大会後、引退。1998年、2000年、2003年のFIFA世界最優秀選手、2005〜2006年FIFA年間ベストイレブンで、高い個人技を生かした突破に特長があり、“世界最高のMF”“プラティニ2世”と呼ばれた。2001年国連開発計画の親善大使に任命される。2009年レアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長のアドバイザーとして、現場に復帰。2013年より監督ライセンスの取得に取り組む。2014年6月レアル・マドリードの下部チーム、カスティージャの監督に就任。

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