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スポレト Spoleto

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スポレト
Spoleto

イタリア中部,ウンブリア州ペルジャ県,アペニン山脈西麓にある都市。ローマの北北東約 100km,中央高原の南端に位置する。前7世紀にエトルリア人によって開かれ,前 241年ローマ領となり,前 217年ハンニバルを撃退した。ローマ帝国の大動脈フラミニア街道上の戦略的重要性から繁栄し,中世にはロンバルディア地方のスポレト公国中心地,またイタリア最重要の都市の一つとして栄えた。古代ローマの広場,円形劇場など遺跡が多く,フレスコ画が美しい中世の聖堂や町並みが残る。豊かな農業地帯 (オリーブ) の集散地であるとともに,綿織物皮革製品,食品などの軽工業が発達している。 1958年以来毎年「両世界フェスティバル」 (音楽,演劇,舞踊) が開かれ,数多くの観客を集めている。人口3万 7057 (1991推計) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

スポレト【Spoleto】

イタリア中部,ウンブリア州の都市。人口3万8030(1990)。ルーコ山の中腹,標高317mに広がる町。農業,綿織物,製麵を産業としている。1958年に始まった〈二つの世界のフェスティバル〉は世界的に有名な音楽・演劇祭である。前7~前6世紀にウンブリア人が建設した町で,ローマの植民地になり,当時の遺構が残っている。ランゴバルド族のイタリア侵入により,6世紀後半にスポレト公国が建国された。周囲のオルテ,アメリア,ナルニ,テルニなどの都市を攻め,建国からわずか数十年後,アリウルフォ公の下に,スポレトの領土は最大になった。

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