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スールー王国

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

スールー王国

15世紀ごろ成立。現在のフィリピン南部からマレーシアボルネオ島北部を支配したイスラム教国。欧米のアジア進出とともに衰退し、ボルネオ島北部は英国植民地に組み込まれ、後にマレーシアの一部に。フィリピン南部も1915年、米国の植民地に編入する協定が結ばれ、滅亡した。

(2013-03-05 朝日新聞 朝刊 1外報)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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世界大百科事典 第2版の解説

スールーおうこく【スールー王国】

フィリピン南部のスールー諸島に形成されたイスラム王国。スールー諸島の中心地,ホロ島では13世紀末ごろから外来商人のイスラム・コミュニティが形成されていたが,島の原住民にイスラムが普及したのは,15世紀中ごろのことであった。このころスマトラ島から渡来したアラブ人アブー・バクルが島の内陸部住民をも改宗させて,ホロ島全体にスルタン制度を樹立した。ホロのスルタンの支配力はやがてスールー諸島全域に拡大した。1645年にはボルネオのブルネイ王国の内紛に介入して,同島北部の領有権をも獲得した。

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世界大百科事典内のスールー王国の言及

【フィリピン】より

…フィリピン群島で最初に統一的な政治支配が成立したのは,この蘇禄,すなわち,スールー諸島の中心地,ホロ島においてであった。ホロ島では15世紀の中ごろに,スルタンのアブー・バクルが支配するスールー王国が成立した。《明史》によれば,スールー王国は中国の明朝と一時期頻繁に交流した。…

※「スールー王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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