カーペンター(読み)かーぺんたー(英語表記)Edward Carpenter

デジタル大辞泉 「カーペンター」の意味・読み・例文・類語

カーペンター(Edward Carpenter)

[1844~1929]英国の社会思想家・詩人。牧師であったが、ホイットマンの影響で社会批判を開始し、牧師職を辞して社会主義運動に参加した。著「イギリスの思想」「わが生涯と夢」、詩集「民主主義へ向けて」。

カーペンター(carpenter)

大工。

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精選版 日本国語大辞典 「カーペンター」の意味・読み・例文・類語

カーペンター

  1. ( Edward Carpenter エドワード━ ) イギリスの思想家、詩人。無政府主義的社会主義者。論文に「文明」、詩集に「民主主義に向かって」など。(一八四四‐一九二九

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改訂新版 世界大百科事典 「カーペンター」の意味・わかりやすい解説

カーペンター
Clarence Ray Carpenter
生没年:1905-75

アメリカ霊長類学者。ノース・カロライナ州に生まれる。1932年スタンフォード大学で学位(心理学)取得。教育学,比較心理学など多くの学問分野で業績がある。とりわけ霊長類の野外調査による一連の研究で知られ,この分野の先駆者といってよい。32年にパナマのバロ・コロラド島で行ったホエザルの野外研究を手始めに,50年までにパナマ,タイ,スマトラ,インドなどで,クモザル,テナガザル,オランウータンなどを対象とした精力的な野外調査を重ね,霊長類の社会や行動の解明に尽くした。また第2次世界大戦が始まる直前に,インドから輸入したアカゲザルをプエルト・リコの近くのカヨ・サンチャゴ島に放飼いし,性行動についての研究を行う。晩年は野外研究から退き,数々の著作や記録映画を通じて現代霊長類学の基礎を築いた。また日米の科学協力に尽力,10年にわたって財団法人日本モンキーセンターと研究協力に尽くした。
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カーペンター
Edward Carpenter
生没年:1844-1929

イギリスの社会主義の詩人,著述家。ケンブリッジ大学卒業後,成人教育運動に参加。労働者を友とし,インド哲学とホイットマンに学び,詩集《民主主義へ》(1883)を発表。労働歌《イギリスよ起(た)て》(1886),主著《文明》(1889)で知られる。同性愛を含む性を法と慣習の拘束から解放し,人間愛として位置づけるため《成年の愛》(1896),《中間の性》(1908)を発表,性解放史に一時期を画した。
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百科事典マイペディア 「カーペンター」の意味・わかりやすい解説

カーペンター

米国の作曲家。ハーバード大学で音楽を学び,のちエルガーにも師事。父の会社の副社長として実業界で活動するが,1910年ごろから作曲に専念。初の管弦楽曲乳母車の冒険》(1915年),ディアギレフの委嘱によるバレエ音楽《摩天楼》(1926年)などで成功をおさめた。手法的には保守的ながらその作風はユーモアと詩情に富み,ラグタイムジャズイディオムを採用するなど,米国の作曲家ならではの活気に満ちた音楽世界をつくりだしている。ほかに,《ピアノと管弦楽のためのコンチェルティーノ》(1915年,改訂1947年),人気漫画によるバレエ音楽《クレイジー・キャット》(1921年),交響組曲《7つの時代》(1945年)など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カーペンター」の意味・わかりやすい解説

カーペンター
Carpenter, Scott

[生]1925.5.1. コロラド,ボールダー
[没]2013.10.10. コロラド,デンバー
アメリカ合衆国の宇宙飛行士。フルネーム Malcolm Scott Carpenter。コロラド大学で宇宙工学を学んだのち,1949年アメリカ海軍に入隊,朝鮮戦争に従軍。1950年代後半,海軍テストパイロットとなり,1959年4月,アメリカ航空宇宙局 NASAマーキュリー計画のために選ばれた 7人の宇宙飛行士の一人となった。1962年5月24日に打ち上げられた『オーロラ』7号でアメリカ人として 2人目となる軌道飛行を行ない,地球を 3周した(→宇宙船)。1964年オートバイ事故により左腕を負傷,宇宙飛行士を退く。1965年に海軍の海中居住実験計画「シーラブII」に参加,水深 62.5mの海中で生活した。1969年海軍を退役し,民間人として海洋エネルギー研究に携わった。

カーペンター
Carpenter, Mary

[生]1807.4.3. エクセター
[没]1877.6.14. ブリストル
イギリスの女性社会事業家。社会改良家,貧困児のための無月謝学校であるいわゆる「ぼろ学校」の設立者。ユニテリアンの牧師であった父親がエクセターで経営していた学校で教育を受けた。 1829年母親とともにブリストルに女学校を開設。 1846年ブリストルのスラム街に「ぼろ学校」を,1852年に少年感化院を,1854年に少女感化院を設立。これより先の 1833年,インドの指導者 R.ローイやボストンの社会事業家 J.タッカーマンを通じてインドに関心をいだき前後4回インドを訪れ,帰国後「救印思潮普及全英インド協会」を設立した。 1873年北アメリカを訪問し,その刑務所制度の欠陥について報道した。

カーペンター
Carpenter, John Alden

[生]1876.2.28. イリノイ,パークリッジ
[没]1951.4.26. シカゴ
アメリカの作曲家。 1893年ハーバード大学に入学,在学中個人的に音楽を学び,卒業後も父の会社の副社長をするかたわら,E.エルガーに師事して作曲を学んだ。ジャズのリズムを交えながらアメリカの現代生活を写実的に,ユーモアと詩情をもって描き出す。代表作は,管弦楽のための『乳母車の冒険』 (1915) ,バレエ曲『摩天楼』 (26) 。

カーペンター
Carpenter, Edward

[生]1844.8.29. ブライトン
[没]1929.6.28. サリー,ギルフォード
イギリスの著述家,社会改革家。アメリカの詩人ホイットマンとの交友で知られる。社会改革家としては,W.モリスの影響を受け,ダービーシャーの田園に住み,クラフト運動に携わった。主著は『民主主義を目指して』 Towards Democracy (1883) 。

カーペンター
Carpenter, Clarence Raymond

[生]1905.11.28. ノースカロライナリンカーン
[没]1975.3.1. ジョージア,アセンズ
アメリカの動物学者。野生状態にあるテナガザルやオランウータンなどの生態を詳細に観察し,その生活様式や社会構造を研究した。哺乳類を対象とした動物社会研究の草分けの一人とされている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カーペンター」の意味・わかりやすい解説

カーペンター
かーぺんたー
Edward Carpenter
(1844―1929)

イギリスの社会改良家、詩人。初めイングランド教会牧師となるが、還俗(げんぞく)し、社会主義運動に身を投じ、詩集『民主主義へ向けて』(1883)を公にする。ウィリアム・モリスの唱える中世的・道徳的原始社会を夢み、アメリカに渡って親交を深めたホイットマンをはじめ、ソロー、トルストイらの影響を強く受けた。性の倫理、審美主義中心の平等社会を説く理想家であった。

[船戸英夫]

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者) 「カーペンター」の解説

カーペンター

アメリカ合衆国の作曲家。ハーヴァード大学でJ.K.ペインに音楽学を学んだ。作曲活動を本格的に始めたのは1910年代と比較的遅い。それまでは、ビジネスの世界に身をおいていた。1897年の大学卒業後は、 ...続き

出典 (社)全日本ピアノ指導者協会ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)について 情報

世界大百科事典(旧版)内のカーペンターの言及

【男色】より

… また近代文学の大家たちの男色傾倒は壮観というほかない。プラトンを教皇としソクラテスを使節とする善なる教会の従僕であることを誇ったP.ベルレーヌとその相手のJ.N.A.ランボー,民衆詩人W.ホイットマン,社会主義運動にひかれた詩人E.カーペンター,男色罪で2年間投獄されたO.ワイルド,S.ゲオルゲなどがとくに知られているが,彼らばかりではない。ゲーテは《ベネチア格言詩》補遺で少年愛傾向を告白し,A.ジッドは《コリドン》で同性愛を弁護したばかりか,別の機会にみずからの男色行為も述べ,《失われた時を求めて》のM.プルーストは男娼窟を経営するA.キュジアと関係していた。…

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