チャールス ロイド(英語表記)Charles Lloyd

20世紀西洋人名事典の解説


1938.3.15 -
ジャズ演奏家。
テネシー州メンフィス生まれ。
10歳でサックスを始め、10代の頃はR&Bバンドでアルト・サックスを演奏する。大学で作曲を学び、卒業後、1961年まで教鞭を取り、チコ・ハミルトンのグループに加わり、テナー・サックスにチェンジする。’66年自己のカルテット結成、この時代を代表とするアルバムフォレスト・フラワー」を出す。’69年突然コンボを解散し、超越的瞑想の教師となるが、’82年ミシェル・ベトルチアーニとの出会いにより再びジャズへの情熱が湧き起こりベトルチアーニを含むカルテットを結成、モントルー・ジャズ祭に出演、来日もしている。その他の作品に「モントルー’82」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2016の解説

職業・肩書
ジャズ・サックス奏者

国籍
米国

生年月日
1938年3月15日

出身地
テネシー州メンフィス

学歴
南カリフォルニア大学卒

経歴
モンゴル人の血を引く米国人。10歳の頃からサックスを始め、R&BバンドやB.B.キング、ボビー・ブランドらのバンドで演奏。南カリフォルニア大学で作曲を学び、卒業後は教師となる。この間、オーネット・コールマンやエリック・ドルフィーらと知り合い、1960年テナー・サックス奏者としてチコ・ハミルトンのグループに参加し、プロのジャズ・ミュージシャンとなる。’64年キャノンボール・アダレイのグループに移り、’66年にはキース・ジャレット、ジャック・ディジョネットを従えてカルテットを結成し、アルバム「フォレスト・フラワー」はジャズ史上初めて100万枚のセールスを記録した。また、ジャズグループとして初めてロックの殿堂であったフィルモア劇場に出演し、若者の間でも知られる存在となった。やがて超越瞑想法に傾倒し、’70年代以降はサンフランシスコ近くの山中にあるビッグ・サーで隠遁生活をはじめ、しばらくジャズから離れる。’82年ピアニストのミシェル・ペトルチアーニらとカルテットを結成して復帰し、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演。’83年には来日公演を果たすなど旺盛な活動を進めるかに見えたが、間もなく再びビッグ・サーにこもり、ブルーノート・レコードの復活コンサートに出演した以外は音楽の表舞台から姿を消した。’89年アルバム「フィッシュ・アウト・オブ・ウォーター」を発表するとともに、ボボ・ステンソン、パレ・ダニエルソンらとのカルテットで復活し、以降はコンスタントにアルバムをリリース。’98年にはデーブ・ホランド、ジョン・アバークロンビー、ビリー・ヒギンズと組んだ新しいカルテットで「ヴォイス・イン・ザ・ナイト」を発表。女性ピアニストのジェリ・アレンを擁した「リフト・エヴリ・ヴォイス」(2000年)、インドのタブラ奏者ザキール・フセインらと組んだ「サンガム」(2006年)なども話題となった。2008年生誕70年を記念してアルバム「ラボ・デ・ヌーベ」を発表し、来日公演も行う。2015年、30年ぶりに名門レーベルのブルーノートからライブアルバム「ワイルド・マン・ダンス」をリリースした。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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