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トゥーシー al-Ṭūsī, Naṣīr al-Dīn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トゥーシー
al-Ṭūsī, Naṣīr al-Dīn

[生]1201.2.18. トゥース
[没]1274.6.26. バグダード
ペルシアのシーア派哲学者,天文学者,数学者。まずイスマーイール派の指導者ナーシル・ウッディーンの天文官となったが,1258年モンゴル宮廷に移り宗務長官となる。哲学的にはイブン・シーナーの伝統を受継ぎ,彼の『指示と忠告の書』に注釈を施している。また数学,天文学の分野で独創的な書物を著わした。宗教の分野では『信仰の闡明』 Tajrīd al-`aqā'idでシーア派の教義を解説。さらに『ナーシル倫理学』 Akhlāqe Nāṣirīはギリシアの倫理学に関する論考である。

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世界大百科事典 第2版の解説

トゥーシー【al‐Ṭūsī】

995‐1067ころ
イスラムのシーア派の伝承学・法学の権威者。イラン北部のトゥースに生まれたが,バグダードで学び,とりわけシャリーフ・アルムルタダーに二十数年師事した。彼の編んだムハンマドとその教友,そして歴代イマームの言行を集めた伝承集は,シーア派の十二イマーム派公認の4種の集成の一つとされ,また多くの法学書は同派にとりきわめて重要なものである。彼はまた12巻に及ぶコーランの注釈書も著しており,同派の最長老を意味するシャイフ・アッターイファという尊称で呼ばれている。

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世界大百科事典内のトゥーシーの言及

【十二イマーム派】より

…スンナ派と同様に聖典コーランに次ぐ第2の典拠としてハディースを認めるが,さらに各イマームの言行をまとめた聖言行録(アフバールakhbār)をも重視する。この派の権威ある聖言行録はブワイフ朝下に成立し,クライニーKulaynī(?‐939∥940)の《宗教の学問の大要al‐Kāfī fī ‘ilm al‐dīn》,イブン・バーブーヤIbn Bābūya(923ころ‐991)の《法学者の許に行かなくとも済む書Man lā yaḥḍruhu al‐faqīh》,トゥーシーṬūsī(995‐1067ころ)の《ハディースの検討Kitāb al‐istibṣār》および《イスラム法の仕上げKitāb al‐tahdhīb al‐aḥkām》の4書である。この聖伝に従い,法学者の解釈に余地を与えまいとする主張は17世紀のアフバール派にみられた。…

※「トゥーシー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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