江戸時代後期に作られた蘭和辞典。《ズーフ・ハルマ》ともいう。長崎の出島に滞在したオランダ商館長H.ドゥーフがF.ハルマの蘭仏辞典によって,オランダ通詞たちを指導・督励して,1812年(文化9)編纂を開始。完成はドゥーフ帰国後の1833年(天保4)であった。清書1部は幕府に献上され,江戸の天文方と長崎奉行所に各1部備えられた。
当時,最大・最良の蘭和辞典であったため,蘭学者間にさかんに転写・利用され,たよりにされたようすは,緒方洪庵の適塾の状況を述べた福沢諭吉の自伝などに詳しい。写本で伝わったため冊数,本型は一定しないが,収録語数はおよそ5万語。稲村三伯によって作成された《ハルマ和解(わげ)》を《江戸ハルマ》と称したのに対して,本書は《道訳ハルマ》とも《長崎ハルマ》とも呼ばれる。のち幕府の医官桂川甫周によって改訂され,《和蘭字彙(オランダじい)》として,前編は1855年(安政2),後編は58年に完成し,江戸で出版された。
執筆者:片桐 一男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報