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ハウトマン Houtman, Cornelis de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハウトマン
Houtman, Cornelis de

[生]1560. ハウダ
[没]1599.9.1. アチェ
オランダの探検家,商人。ポルトガル滞在中,東インド航路の海図を盗んだ容疑で投獄され,釈放後帰国し,オランダ商人の援助で 1595年東インド探検に出発。翌年ジャワ島北岸に到着,ポルトガルのインド航路独占を打破し,植民地貿易の端緒をつくった。 98年からの第2回探検中,スマトラアチェのスルタン軍と戦って殺された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ハウトマン【Cornelis de Houtman】

1565?‐99
オランダの航海家。1595年4月,〈遠方会社〉の仕立てた船隊4隻を率いてテッセル島を出帆,喜望峰,マダガスカルを経て翌96年6月,ジャワ島のバンタンに到着した。同市に商館を開いたが,住民と紛争を起こして商取引に失敗,97年8月帰国した。途中,僚船1隻と乗組員249名のうち約3分の2を失う惨澹たる航海であったが,これによりオランダ東インド貿易の端緒が開かれた。【渋沢 元則】

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世界大百科事典内のハウトマンの言及

【オランダ領東インド】より

…すでに18世紀ごろから,オランダ東インド会社の公式文書にこの名称が用いられているが,名実ともにインドネシア全体を含むに至ったのは1915年以後とされる。 東インドに初めて到達したオランダ船は,1596年6月,ジャワ島西部のバンテン港に停泊したコルネリス・ド・ハウトマンの船隊である。やがて東インドに来航する船は激増し,各地の航海会社間の競争を解消するために,1602年にオランダ東インド会社が設立された。…

※「ハウトマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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