改訂新版 世界大百科事典 「バンタン」の意味・わかりやすい解説
バンタン (文紳
)
Van Than
前近代ベトナムの村落内知識人層をいう。19世紀グエン(阮)朝治下のベトナム村落の実権は,フランス人がマンダラン・ノタブルmandarin notableと呼んだ階層に支配されていた。マンダラン・ノタブルは経済的には中流の自作農層からなり,朝鮮の両班(ヤンバン)のような大地主層には成長していない。この層はバンタンとフオンチュック(郷職)からなっていた。バンタンは官吏や元官吏,挙人や秀才など下位の科挙試験合格者からなり,村内にトゥバン(斯文)会という組織をもっていた。フオンチュックは里長や郷長などの村役人層で,長老や一般民丁間で互選されたが,実質的な行政の権能は中央政府と地位的にも人的にもつながりのあるバンタン層に握られていた。1884年の第2次フエ条約により,ベトナムの主権はフランスに奪われたが,これに最も早期に反応したのは,村内権力の基礎が崩壊するのを恐れたバンタン層である。85年ハムギ(咸宜)帝の勤王の檄が下されると,中部,北部のバンタン層は農民を指導して各地でフランス軍を攻撃した(バンタン蜂起)。しかしフランスは村落内のバンタン,フオンチュックの権力をそのまま是認し,植民地権力に利用する政策をとったので,反乱は87年ごろからしだいに鎮静化し,村落はその封建的な体質を残したまま1945年の8月革命を迎えることになった。
執筆者:桜井 由躬雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報