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バフティヤーリー族 バフティヤーリーぞくBakhtiyārīs

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バフティヤーリー族
バフティヤーリーぞく
Bakhtiyārīs

イランの主要な半遊牧部族連盟。イラン立憲革命の際は立憲派側につき,立憲制回復のために重要な役割を果した。レザー・シャー期には抑圧されたが,第2次世界大戦後,族長一家は再度政府の要職に就任。総数は 30万~40万人と推定され,ハフト・ラングとチャハール・ラングに分れ,さらにおのおのが小集団に細分される。イスラム教徒であるが,慣習法社会規範となっており,言語はペルシア語のロル方言を使用する。3割強が現在も遊牧生活を続け,夏はザグロス山中,冬は山麓や平原に羊,やぎの牧草を求めて移動する。以前は良質のアラビア馬の飼育で有名であった。過半数は定住化している。

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世界大百科事典 第2版の解説

バフティヤーリーぞく【バフティヤーリー族 Bakhtiyārī】

イランの遊牧部族。人口は約40万人(1970年代の推定)。部族として独立したのは16世紀のサファビー朝期になってからで,それ以前はロル族の一部をなしていた。言語はクルド語に近く,古代ペルシア語時代の古いイラン系言語の痕跡を今に残している。遊牧地は,イスファハーン西方のザーグロス山中に夏営地があり,秋になると山を南西に下りてフージスターンに冬営地を設ける。19世紀以前はハフト・ラング,チャハール・ラングの二つの集団に分かれて相互に対立していたが,1867年,ホセイン・コリー・ハーンによって統一された。

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世界大百科事典内のバフティヤーリー族の言及

【イスファハーン】より

…この結果,荒廃したまま放置されていた市街地が農地に転用されるほどであった。第2にイスファハーンの南西部に遊牧するバフティヤーリー族との関係が緊密になったことが挙げられる。この部族の有力な族長層は町の西郊チャハール・マハール地方に土地を買い求めて地主化する者が多かったが,またそれとは別にカージャール朝の部族政策からイスファハーンに定住するようになった部族民も多かった。…

※「バフティヤーリー族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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