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ピュージン Pugin, Augustus Welby Northmore

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ピュージン
Pugin, Augustus Welby Northmore

[生]1812.3.1. ロンドン
[没]1852.9.14. ラムズゲート
イギリスの建築家,デザイナー,著述家。父 A.ピュージン (1762~1832) の跡を継ぎ,中世キリスト教建築の研究家,ゴシック・リバイバルの建築家として知られる。 C.バリー,J.グラハムとともにウェストミンスター新宮殿の設計に従事。さらにイギリス国会議事堂の設計競技には,当選したバリーに協力し,垂直式ゴシックによる細部装飾の設計を担当した。また 1836年代表著作『コントラスト』 Contrastsを出版,中世を現代の規範としてとらえ,現代におけるその再生を主張した。作品にはセント・ジャイルズ聖堂 (1841~46) ,セント・オーガスティン聖堂 (46~51) など。著書には『尖塔式すなわちキリスト教建築の真の原理』 The True Principles of Pointed or Christian Architecture (41) などがある。

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世界大百科事典 第2版の解説

ピュージン【Augustus Welby Northmore Pugin】

1812‐52
イギリスのゴシック・リバイバルにもっとも大きな影響を与えた建築家,建築理論家。ロンドン生れ。中世主義を信奉し宗教的観点に立ち,《対比Contrasts》(1836)などの著書で,古典主義を厳しく批判しつつ,ゴシック様式を提唱し,実際にセント・ジャイルズ教会(スタフォードシャー,1846)をはじめ多くのカトリック聖堂を設計。バリーとの協同によるイギリス国会議事堂の設計競争(1836)では後期ゴシック風の意匠全般の設計を担当して,1等入選に大きく貢献した。

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世界大百科事典内のピュージンの言及

【イギリス国会議事堂】より

…設計者はバリー。細部の設計はピュージンによる。40年起工,60年までに主要部分が完成。…

【近代建築】より

…また,19世紀建築に対してはゴシック様式が強い影響力をもっており(ゴシック・リバイバル),産業革命後の社会に対する批判や,あるべき建築の姿の探究にもゴシックの造形原理,中世の都市やデザイン工房組織を理想に据える態度が見られる。建築を同時代の社会観・宗教観の反映と見るピュージンや,ゴシック建築を構造合理性の極致として解釈してみせたビオレ・ル・デュクはその典型である。中世をモデルとする態度は19世紀の建築,都市論の特徴といってよいが,それは20世紀の〈田園都市Garden City〉やバウハウスなどの理念にも受け継がれている。…

※「ピュージン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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