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ファラテハン Falatehan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ファラテハン
Falatehan

[生]?
[没]1552
ジャワ北西部のバンテン王国の始祖 (在位 1526~52) 。別名スーナン・グヌン・ジャティ。スマトラ北部のパサイ出身のムスリムで,1526年にジャワに渡り,バンテン,チルボンおよびジャカルタなどにイスラム教を広め,デマ国の王女をめとり,これと協力してパジャジャラン王国を攻撃した。彼の子ハサヌッディンのとき,バンテンは正式の独立国となった。

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世界大百科事典内のファラテハンの言及

【チェリボン】より

…スンダ人,ジャワ人,中国人,オランダ人の諸文化が混在し,町名もジャワ語のチャルバン(混合物の意)にちなむといわれる。イスラム伝来以前は目立たぬ港であったが,1552年ごろ以後にここに移住して来たイスラム教徒のスーナン・グヌン・ジャティ(別名ファラテハン)が勢力を得た。彼は北スマトラのパサイ出身でメッカ巡礼をすませた後,ジャワ北岸デマック国王トレンガナの妹と結婚していた。…

【チルボン】より

…特有のデザインと色彩をもつバティック工業もこの市の名物である。古い王宮(クセプハン)と付属の博物館,グヌン・ジャティの丘にある王国の建設者ファラテハンの廟,また南西30kmの休養地リンガジャティなどは観光地となっている。【別技 篤彦】。…

【バンテン王国】より

…ヨーロッパ文献にはバンタムBantamと記される。北スマトラのパサイ出身のいわゆる〈9聖人〉の一人スーナン・グヌン・ジャティ(ファラテハン)は1524年にジャワ北岸のデマックにイスラムを伝え,さらに布教と貿易の根拠地を求めてバンテンに移動した。バンテンはしばらくのあいだデマックの属国としてグヌン・ジャティの支配を受けたが,1552年ごろ以後,彼は本拠を約300km東方のチェリボン港に移し,彼の子ハサヌッディン(在位1552‐70)がバンテンの王統を継いで別の王国となった。…

※「ファラテハン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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