ラテンアメリカ文学(読み)らてんあめりかぶんかく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラテンアメリカ文学」の意味・わかりやすい解説

ラテンアメリカ文学
らてんあめりかぶんかく

ラテンアメリカ文学ということばのさす範囲については異論もあるが、ここではラテンアメリカの地で営まれた文学的営為と解し、主としてスペイン語を公用語とする地域のそれを扱う。ポルトガル語を公用語とするブラジルについては、別項「ブラジル文学」を参照のこと。

[桑名一博]

先住民の文学

コロンブスが到達した「新大陸」には、マヤ、アステカ、インカといった、独自の性格をもった文化が築かれていたが、それらを生み出した先住民の多くは文字をもたなかったので、彼ら自身によって書き残された作品は伝わっていない。しかし、先住民の文化に関心を抱いた何人かの宣教師が、ナワトル語、マヤ語、ケチュア語などを学び、彼らの口承文化をラテン文字で精力的に記録しておいたおかげで、抒情(じょじょう)詩だけでなく、『チラム・バラムの予言』や『ポポル・ブフ』といった創世記神話、インカの戯曲『オリャンタイ』などが復元されている。

[桑名一博]

植民地時代

「新大陸」へ到達したコロンブスの『航海誌』をはじめとして、アステカ帝国を征服したコルテスの『報告書簡集』や、その部下であった兵士ベルナール・ディアス・デル・カスティーリョの『メキシコ征服記』(1552)、あるいは少し性格が異なるが、植民者たちによるインディオ虐待を告発したラス・カサス神父の『インディアス破壊についての簡潔な報告』(1542)などは、通常、スペインの記録文学の作品として扱われる。また、安定した植民地時代に入ってからの文学に関しても、チリのアラウコ族の英雄的な戦いぶりを描いた叙事詩であるエルシーリャ・イ・スーニガの『ラ・アラウカーナ』(1569~89)や、スペイン人到来前のインカ帝国の生活を郷愁を込めて描いたインカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガの『インカ皇統記』(1609~17)、さらには、スペインで活躍したメキシコの劇作家ルイス・デ・アラルコンの諸作品などは、ラテンアメリカとの深いかかわりをもちながらも、むしろスペイン文学の作品とみなすべきだろう。

 植民者たちの子孫による植民地時代の文学は、とくに16世紀と17世紀においては、本国の文学を手本としてその流れに沿って営まれたものなので、それはいってみれば、スペイン文学の一支脈とよんでもいい。したがってそこに、ラテンアメリカ文学としての独自の性格を認めることはむずかしい。しかし、独立後に現れる各国文学との対比でいえば、ここに一つのラテンアメリカ文学という考えが生まれる基盤があることも見逃すわけにはいかない。

 植民地時代を通してもっとも才能に恵まれた文学者としては、諸学に通じた修道女ソル・フワナ・イネス・デ・ラ・クルスSor Juana Inés de la Cruz(1651?―95)の名をあげることができる。彼女は、のちに教会側から筆を絶つことを求められるが、「新大陸」を代表するバロック詩人の一人で、ゴンゴラ(スペインの詩人)風の知的で難解な詩『最初の夢』(1690ごろ)を書いたかと思うと、一転して簡潔で美しい抒情詩を書き、さらには世俗的な戯曲でも大成功を収めるといった多彩な活動を示している。なかでもその詩作品は、植民地時代を通しての最大の文学的遺産だと評価する人が多い。

[桑名一博]

形成期

植民地時代も18世紀になると、フランスから入ってきた啓蒙(けいもう)思想の影響もあり、文学活動は社会批判、政治批判を中心に据えたジャーナリズムが勃興(ぼっこう)し、それまでの詩中心の文学活動に小説が加わるようになる。こうして19世紀の初めには、「新大陸」最初の本格的な小説ともいうべきフェルナンデス・デ・リサルディFernández de Lizardi(1776―1827)の『疥癬(かいせん)病みのオウム』(1816)が刊行される。そして19世紀の前半には、キューバを除く各国が独立を達成するので、ここに名実ともにラテンアメリカ文学の時代が始まるわけである。いってみれば、ラテンアメリカ文学はロマン主義の全盛期に、独立運動を通して形成されたので、ロマン主義的傾向と社会的関心の強さが、この文学の基本的な性格を形づくることになる。形成期を代表する作品としては、専制者ロサスを批判する目的で書かれたサルミエントアルゼンチン)の『ファクンド――文明と野蛮』(1845)と、ガウチョの叙事詩ともいえるホセ・エルナンデス(アルゼンチン)の『マルティン・フィエロ』(1872、79)、それにリカルド・パルマの『ペルー伝説集』(1872~1910)があげられるだろう。

[桑名一博]

モデルニスモ(近代主義)

19世紀の後半になりフランスの象徴主義や高踏主義の影響が及んでくると、ホセ・マルティ(キューバ)、グティエレス・ナヘラGutiérrez Nájerd(メキシコ、1859―95)、アスンシオン・シルバ(コロンビア)といった若い詩人たちが、当時の文学界を支配していたロマン派の感傷的な態度や、生気のない紋切り型の表現形式を批判し、音楽性に富んだ韻律で新しい題材を取り上げるようになる。彼らは年輩の人たちからはいくぶん軽蔑(けいべつ)を込めてモデルニスタ(近代派)とよばれたが、ニカラグアの詩人ルベン・ダリオの『青』(1888)の刊行によってその立場を確固たるものとする。さまざまな詩法を駆使してエキゾチックな題材を歌うダリオの作品は、かつての宗主国スペインの詩人たちにも絶大な影響を与え、スペイン語による文学活動に一転機をもたらしたといってもいい。一見したところ、芸術のための芸術の観があるダリオの作品だが、その根底にはブルジョア社会に対する批判があり、エンリケ・ロドー(ウルグアイ)の『アリエル』(1900)に通底する、アングロサクソン文化に対抗するスペイン文化の強調や、「新大陸」の土着文化に対する温かいまなざしなどは、その後のラテンアメリカ文化の思想的な骨格を形成するのに少なからず寄与している。

[桑名一博]

20世紀

詩の運動としてのモデルニスモは、1916年のルベン・ダリオの死を契機として下火に向かい、そのころから相次いで起きたウイドブロVicente Huidobro(チリ、1893―1948)の創造主義、ボルヘス(アルゼンチン)の超越主義、あるいはフランスから到来した超現実主義といった、多くは短命に終わった前衛的な文学運動に吸収されてしまう。とはいうものの、モデルニスモが播(ま)いた種はこうした運動の刺激を経て成長し、世紀のなかばにはパブロ・ネルーダ(チリ)、カレーラ・アンドラーデCarrera Andrade(エクアドル、1903―78)、オクタビオ・パス(メキシコ)といった、広く国際的に注目される詩人たちの輩出となって結実する。

 ラテンアメリカにおいては詩がつねに書き続けられてきたのに対して、小説の歴史は浅い。たしかに18世紀にその萌芽(ほうが)がみられるものの、小説が文学活動の重要な一角を占めるようになるのは、19世紀の後半になってからである。しかし20世紀になると、第一次世界大戦によってヨーロッパの危機意識が深まったこともあって、「新大陸」の特異な事象を題材とした小説に世界の関心が寄せられてくる。こうして、リベラ(コロンビア)の『大渦』(1924)、グイラルデス(アルゼンチン)の『ドン・セグンド・ソンブラ』(1926)、ガジェーゴス(ベネズエラ)の『ドニャ・バルバラ』(1929)などが欧米の文学読者の注目を集めるようになるが、それは主として題材に対する関心によるものであって、作品の文学的な質そのものはそれほど高いものではない。

 ラテンアメリカの小説が大きく変貌(へんぼう)するのは、第二次世界大戦が終結し、世紀も後半に入ってからである。19世紀以来の写実一辺倒の作品に対して、ボルヘスの『伝奇集』(1944)に収められた諸編のように、緊密に構築された想像力の世界が描かれるようになる。それまで一部の限られた文学愛好家だけに読まれていたボルヘスが、現代文学の極北を示すものとして、より広い層の文学読者に迎え入れられるようになったのもこのころからである。

[桑名一博]

ブームの時代とその後

こうした変化をもっとも鮮明に表しているのが、1960年代から70年代のなかばにかけて刊行された一群の長編小説である。まずルルフォ(メキシコ)の『ペドロ・パラモ』(1955)を皮切りにして、オネッティ(ウルグアイ)の『造船所』(1961)、カルペンティエール(キューバ)の『光の世紀』(1962)、フエンテス(メキシコ)の『アルテミオ・クルスの死』(1962)、コルタサル(アルゼンチン)の『石蹴(け)り遊び』(1963)、バルガス・リョサ(ペルー)の『緑の家』(1965)、レサマ・リマ(キューバ)の『パラディソ』(1966)、カブレラ・インファンテ(キューバ)の『淋(さび)しい三頭の虎たち』(1967)、ガルシア・マルケス(コロンビア)の『百年の孤独』(1967)といった現代小説の傑作がきびすを接するようにして現れる。これらの作品の多くは物語性豊かな世界を前衛的な技法を駆使して描いたもので、その果敢な実験的試みが読書人の関心を集め、世界中にラテンアメリカ文学ブームを引き起こす。とくに現実的世界と想像の世界とを、その境目を感じさせないように渾然(こんぜん)一体として描く手法は魔術的リアリズムとよばれ、多くの人々の注目するところとなっている。

 ラテンアメリカの小説がなぜ1960年代になってこのような変貌をみせるようになったかについては、スペイン内乱によって亡命してきた知識人たちの知的活動の影響とか、第二次世界大戦によるヨーロッパとの文化的交流の断絶といった外的な理由があげられることが多いが、つまるところは、未開と文明が共存する自分たちの世界を、自らの手で表現できるまでに成熟した作家たちの誕生と、それを受け入れる新しい読者層の形成ということになるだろう。

 このラテンアメリカ文学の勢いは、その後も「ブームの世代」とよばれる代表的な作家たちが数年ごとに発表する作品によって維持されているが、1970年代の後半あたりから、彼らの作品からしだいに前衛性が失われていくのと時を同じくして、新しいタイプの小説家たちが登場してくる。『仔(こ)うさぎ』(1964)のサインスGustavo Sainz(メキシコ、1940― )、『めくるめく世界』(1969)のアレナスReinaldo Arenas(キューバ、1943―90)、『至高の君主たる余は』(1974)のロア・バストスAugusto Roa Bastos(パラグアイ、1917―2005)、『蜘蛛(くも)女のキス』(1976)のプイグ(アルゼンチン)、『精霊たちの家』(1982)のアジェンデIsabel Allende(チリ、1942― )、『郵便配達人』(1995)のスカルメタAntonio Skármeta(チリ、1940― )などである。こうした新世代の作家たちのなかには、「ブームの世代」の作家たちにも劣らぬ実験的な作品を書く者もいるが、大勢としてはリアリズムを基調とした伝統的な技法に回帰しており、ポップ・カルチャー、麻薬、性に耽溺(たんでき)する若者の生態を話しことばを多用して描いたり、ドキュメンタリーの手法を取り入れながら政治的な腐敗を告発している。

 詩や小説が国際的に高く評価されているのに比べると、ラテンアメリカにおける演劇の地位は低く、近代の劇作家として知られるのはわずかにウシグリRodolfo Usigli(メキシコ、1905―80)のみといった状態が続いていたが、「ブームの世代」の作家であるフエンテスの『片目の男は王様』(1970)や、バルガス・リョサの『タクナの娘』(1982)などの劇作品が各地で好評を博したこともあって、その状況に変化の兆しも感じられる。

 また、20世紀の後半に起きた大きな変化として、エッセイや評論の隆盛も見逃せない。それまでほとんどみるべきもののなかったスペイン語圏の世界に、ボルヘスをはじめとして、パス、バルガス・リョサ、フエンテスといった、国際的に高く評価されるエッセイの書き手が登場してきたのである。「ブームの世代」の作家たちは小説のみならず、文学全般に地殻変動をもたらしたといえるであろう。

[桑名一博]

『桑名一博編『現代ラテン・アメリカ短編選集』(1972・白水社)』『鼓直監修『ラテンアメリカ文学叢書』全13巻(1977~80・国書刊行会)』『ジーン・フランコ著、吉田秀太郎訳『ラテンアメリカ――文化と文学』(1978・新世界研究社)』『辻邦生・中村真一郎他著『ラテンアメリカ文学を読む』(1980・国書刊行会)』『篠田一士・辻邦生他著『ボルヘスを読む』(1980・国書刊行会)』『篠田一士・鼓直・桑名一博編『ラテンアメリカの文学』全18巻(1983・集英社)』『野谷文昭・旦敬介編著『ラテンアメリカ文学案内』(1984・冬樹社)』『野谷文昭著『越境するラテンアメリカ』(1989・PARCO出版局)』『ボルヘス、ガルシア・マルケス他著、篠田一士・桑名一博他訳『集英社ギャラリー・世界の文学19 ラテンアメリカ』(1990・集英社)』『鼓直・木村栄一編『ラテンアメリカ文学選集』全15巻(1990・現代企画室)』『ガブリエル・ガルシア・マルケス著、鼓直訳『ジャーナリズム作品集』(1991・現代企画室)』『野谷文昭著『ラテンにキスせよ――「南」のリズムを読む』(1994・自由国民社)』『杉山晃著『南のざわめき――ラテンアメリカ文学のロードワーク』(1994・現代企画社)』『コルタサル他著、木村栄一訳『遠い女――ラテンアメリカ短篇集』(1996・国書刊行会)』『高橋均・網野徹哉著『世界の歴史(18)ラテンアメリカ文明の興亡』(1997・中央公論社)』『ホセ・マルティ著、牛島信明他訳『ホセ・マルティ選集(1)交響する文学』(1998・日本経済評論社)』『杉山晃著『ラテンアメリカ文学バザール』(2000・現代企画室)』『ペドロ・シモン著、木下登訳『ラテンアメリカ文学研究』(2000・行路社)』『鼓直著『ラテンアメリカの小説の世界 創造力の目眩』(2000・北栄社)』『野々山真輝帆編、日比野和幸他訳『ラテンアメリカ短編集――モデルニズモから魔術的レアリズモまで』(2001・彩流社)』『ジャック・ジョゼ著、高見英一・鼓直訳『ラテンアメリカ文学史』(白水社・文庫クセジュ)』『ガルシア・マルケス他著、木村栄一他訳『美しい水死人――ラテンアメリカ文学アンソロジー』(福武文庫)』『コルタサル著、木村栄一訳『悪魔の涎・追い求める男 他8編――コルタサル短篇集』(岩波文庫)』『増田義郎著『物語ラテン・アメリカの歴史――未来の大陸』(中公新書)』『アントニオ・スカルメタ著、鈴木玲子訳『イル・ポスティーノ』(徳間文庫)』『Ed. Roberto Gonzalez Echevarria and Enrique Pupo-Walker:The Cambridge History of Latin American Literature3 vols.(1996, Cambridge University Press)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ラテンアメリカ文学」の意味・わかりやすい解説

ラテン・アメリカ文学 (ラテンアメリカぶんがく)

スペイン系アメリカを中心にしたラテン・アメリカ文学は,15世紀末の発見・征服の時代から始まり,植民地時代を経て,独立時代に入り,現代にいたる約500年の歴史をもっている。まず発見・征服の時代には,それに参加した征服者や聖職者の日記,記録,報告,年代記,書簡などが文学史を形成することになる。そのおもなものをあげると,ラス・カサスの手書本による《コロンブス航海誌》,エルナン・コルテスの《五つの報告書》(1519-26),ラス・カサスの《インディアス破壊に関する簡潔な報告》(1552),ベルナル・ディアス・デル・カスティリョBernal Díaz del Castillo(1495か96-1584)の《新スペイン征服正史》(1552)などである。このほかに特記すべきものとして,ラテン・アメリカ文学史上では初めての叙事詩であるエルシリャ・イ・スニガの《ラ・アラウカナ》(1569-89)とマヤ・キチェ族の神話である《ポポル・ブフ》(1550)が挙げられる。

 植民地時代に入ると,発見・征服時代とは違ったジャンルの文学が出現するようになったが,それでもスペイン本国の文学の手法や傾向がそのまま反映されたものが多いうえに,植民地の秩序・良俗が乱されることをおそれた本国の小説禁輸政策によって,小説が文学のジャンルを確立するまでにはいたらなかった。このため,この時期の文学は歴史,書簡,詩,演劇などに限られていた。この時代の注目すべき作品としては,ガルシラソ・デ・ラ・ベガの《インカの起源に関する真実の記録》(1609-17),解放者シモン・ボリーバルの《カルタヘナ宣言》(1817)などの一連の政治評論のほか,ホセ・マリア・エレディアに代表されるロマン主義の詩が挙げられる。

 独立時代に入っても,イスパノ・アメリカは政治的独立を達成したものの,文化的・精神的自立からはほど遠く,文学の面でもいぜんとして新古典主義やロマン主義の影響を受けた作品が支配的であった。しかし注目すべき傾向として,ラテン・アメリカの風土に根ざした風俗主義(コストゥンブリスモ)の小説や詩がようやく生まれはじめた。ホセ・ホアキン・フェルナンデス・デ・リサルディの《疥癬(かいせん)かき鸚鵡(おうむ)》(1816-31),ドミンゴ・ファウスチノ・サルミエントの《ファクンド--文明か野蛮か》(1845),ホセ・エルナンデスの《マルティン・フィエロ》(1872)などがそうした作品である。またスペイン・ロマン主義の影響を受けながらも,ホセ・マルモルの《アマリア》(1851-71)とホルヘ・イサアクスの《マリア》(1867)は,ラテン・アメリカ文学史上に小説のジャンルを定着させた作品であるといえよう。ラテン・アメリカ文学では初めて伝説のジャンルを確立したリカルド・パルマの《ペルー伝説集》(1872-93)も,見落とすことのできない著作である。

 しかしイスパノ・アメリカで真の自立した近代文学が生まれるのは,独立後約60年もたった1880年代に入ってからである。ホセ・マルティとマヌエル・グティエレス・ナヘラによってこの時期に開始されたおもに詩の分野における新しい文学運動〈モデルニスモmodernismo〉は,新古典主義の硬直性,写実主義の平俗性,ロマン主義の感傷性を打破し,華麗な文体,新鮮な言葉,音楽的リズム感などをともなった新しい詩を創造することに成功した。そして1888年,ルベン・ダリオの《青》の出現によってモデルニスモ運動はいっそう発展し,完成の域に到達した。モデルニスモによって,イスパノ・アメリカはスペインから初めて文化的に独立することができたのである。だが1916年にダリオの死後,モデルニスモは文体や言語の刷新が飽和点に達し,貴族趣味に走るとともに,第1次世界大戦後ヨーロッパから到来した前衛詩に押されて,衰退の一途をたどることになった。

 20年代以降は,詩の分野ではルイス・ボルヘス,パブロ・ネルーダ,セサル・バリェホ,ニコラス・ギリェンらによって代表される前衛詩,社会詩が主流になり,多くのすぐれた作品が生まれた。また散文の分野でも,1910年のメキシコ革命の影響を受けて,ラテン・アメリカの土着性を再認識する動きがみられ,〈メキシコ革命文学〉〈大地小説〉〈ガウチョ文学〉(ガウチョ),〈インディヘニスモ文学〉(インディヘニスモ),〈アフロ・アメリカ文学〉などの,写実主義的な土着文学が相次いで誕生した。これらの文学は,密林,大河,草原,山岳地帯,農場など,ラテン・アメリカの自然や風土を背景あるいはテーマにし,インディオ,黒人,混血など下層の人々を対象にして,現実や土着性を再検証しようとする新しい文学運動として,1920年代から50年代にいたるまで,ラテン・アメリカ文学史上で首座を占めたのである。
執筆者:

植民地時代(1500-1822)のブラジルの文芸はイベリア半島の文芸の延長線上にあったが,この中ではバロック詩人グレゴリオ・デ・マトスGregório de Matos(1633-69)がブラジルの土地,人間を題材とした傑出した作品を残している。1808年のポルトガル王室のブラジルへの移転と22年の政治的独立はナショナリズムを高揚させ,文学においてもポルトガルの模倣からの脱却が叫ばれていた。そのため,そのころフランスから入ったロマン主義はきわめてナショナリスティックな性格をもっている。この期(1830-70)の代表的な詩人はゴンサルベス・ディアス(1823-64)と奴隷解放詩人カストロ・アルベス(1847-71)である。ブラジルの小説の創始者は実質上ジョアキン・マヌエル・デ・マセド(1820-82)であるが,このジャンルの幅を大きく広げたのはジョゼ・デ・アレンカルJosé de Alencar(1829-77)である。彼はインディオを題材とした《グアラニー族》(1857)をはじめとしてブラジル各地の風景,人間を多くの小説で描き,きわめてブラジル的な文体をつくりあげた。また,マヌエル・アントニオ・デ・アルメイダManuel Antônio de Almeida(1831-61)の悪者小説《国民軍軍曹についての回想》(1853)は,この期にあって異彩を放ち,写実主義の先駆的作品である。

 ドイツの一元論,イギリスの進化論,フランスの実証主義などの影響を受けた写実・自然主義の時代(1870-90)に入ると,アルイジオ・アゼベド(1857-1913)の《混血児》(1881),ラウル・ポンペイア(1863-95)の《寄宿学校アテネウ》(1888)など,地方の風物やインディオなどよりは特定の社会やその構成員が描かれるようになる。ロマン主義末期に登場し,とくに小説《ブラス・クーバスの死後の回想》(1881)以降,独自の世界をつくりあげていったマシャード・デ・アシスはブラジル文学最大の作家である。詩においては官能的なオラーボ・ビラック(1865-1918)は高踏派を,黒人詩人クルス・イ・ソウザ(1861-98)は象徴主義(1890-1900)を代表している。

 20世紀の最初の20年間は19世紀文学の名ごりをいまだにとどめた過渡期であるが,ブラジル社会全体の激動期でもある20年代に入ると,旧世代にあきたらず新しい文学の出現を希求する世代が現れはじめ,近代主義期(1920-45)の幕あけになる。この運動はヨーロッパのシュルレアリスム,未来派などの前衛的芸術運動に触発されたもので,統一的な美学をもたず個人的色彩の強いものであるが,既存の文学,とくにアカデミズムを打破し,芸術的自由,文学的ナショナリズムの獲得を目指した。マリオ・デ・アンドラーデ(1893-1945),オズバルド・デ・アンドラーデ(1890-1954),マヌエル・バンデイラ(1886-1968)らの20年代の詩人たちは,とりわけ芸術的ラディカリズムを推し進めた。

 30年代には,ジョルジェ・アマド,グラシリアノ・ラモスGraciliano Ramos(1892-1953),ジョゼ・リンス・ド・レゴJosé Lins do Rego(1901-57)ら北東部地方(ノルデステ)出身の小説家たちが登場し,同地方の社会問題を,地方的な香りのする口語体に近い文体で提起した。これらの作家の先駆者は,ブラジルの文化人・知識人の目を国内問題に向けさせた《奥地の反乱》(1902)の著者エウクリデス・ダ・クーニャであるが,30年代はブラジルにとって政治的ラディカリズムの時代で,これらの作家もこれを免れていない。したがってアマードの《無限の土地》(1942),ラモスの《乾いた生活》(1938),レゴの《火の消えた製糖工場》(1943)のように,彼らが文学的円熟をみせるのは40年前後のことである。北東部地方以外では南部を描いたエリコ・ベリシモ(1905-75),詩人ではカルロス・ドルモン・デ・アンドラーデ(1902-87),女流詩人セシリア・メイレレス(1901-64)が傑出している。第2次世界大戦後では長編小説《大いなる奥地》(1956)でギマランイス・ローザはブラジル文学においてマシャード・デ・アシスと並ぶ最高峰の位置を獲得している。彼の作品も地方主義的なようにみえるが,それを超えた普遍性を備えている。変形や合成による造語,古語や死語の再生,外国語の借用など,自由自在に言葉を操る才能と物語づくりの巧みさはしばしばジェームズ・ジョイスと比較されるゆえんである。そのほか戦後の代表的な小説家としては内省的,実存主義的な女流作家クラリセ・リスペクトール(1925-77),前衛作家オズマン・リンス(1924-78),詩人ではジョアン・カブラル・デ・メロ・ネト(1920-99),具象主義の理論家でもあるアロルド・デ・カンポス(1929-2003)らである。また近年盛んになってきたジャンルであるコラムの作家ルーベン・ブラガ(1913- ),フェルナンド・サビノ(1923- )もすぐれている。戯曲ではネルソン・ロドリゲス(1912-80),ディアス・ゴメス(1922- )もロマンス主義期の喜劇作家マルチンス・ペナ(1815-48)に匹敵する。
執筆者:

ラテン・アメリカ文学の名称で呼ばれるのは,言うまでもなく,メキシコに中南米を加えたスペイン語圏とポルトガル語圏の文学であり,したがってその成立は,これらの地域が宗主国からの独立を達成した,おおむね19世紀の前半より以前にはさかのぼらない。それは今日まで,わずかに1世紀半の短い歴史しかもたず,しかも19世紀のほとんど終りまでヨーロッパの文芸思潮を目まぐるしく追うだけで,独自の文体や主題をみずからの中からくみ出すにはいたらなかった。文体におけるラテン・アメリカ的なものの芽生えは,フランスの高踏派や象徴主義の影響のもとにモデルニスモ(近代主義)という思潮が誕生した世紀末を経て,1920年代以降の旧世界の前衛運動に触発されてウルトライスモ(超絶主義)なるものが起こった時期まで,まったく見いだせなかった。主題の面でも事情はよく似ていて,世界最初の社会革命とも言われるメキシコ革命が勃発した1910年を契機に,それに題材を求めた記録性の強い革命小説,同じくメキシコとアンデス地域で数多く書かれた原住民小説,圧倒的な大自然の脅威と闘う卑小な人間の姿を描いた自然主義小説などが文字どおり簇生(そうせい)して,その19世紀リアリズムの流れをくむ古めかしい技法にもかかわらず,新世界の特異な現実の中から独自のテーマを掘り起こすことに成功するまで,やはりラテン・アメリカ的なものは見いだせなかった。

 結局のところ,ラテン・アメリカ文学が成熟期を迎えるのは40年代から50年代にかけてのことである。とくに注目すべき小説の分野に限って言えば,《伝奇集》や《アレフ》の作者ボルヘス,《モレルの発明》で知られたビオイ・カサーレスAdolfo Bioy Casares(1914-99),《アダン・ブエノス・アイレス》のマレチャルLeopoldo Marechal(1898-1970),《はかない人生》のオネッティといった,都市的な,反リアリズムもしくは幻想的な傾向の作家たちの出現であった。いわゆる第三世界的な社会的・政治的現実に密着した,呪縛された小説美学からの離脱が試みられたこの時期を通過しなかったならば,〈ブーム〉とまで呼ばれて世界的に話題になっているラテン・アメリカ小説の60年代以降の活況も存在しえなかった。

 問題の〈ブーム〉が生じた背景には,第2次世界大戦後に起こった都市化,それに伴う中産階級の増加,各地の大学が核となった読者層の拡大,スペイン内戦の結果としての多くの作家・知識人たちの亡命,といった有利な条件があった。バルセロナを中心にしたスペイン出版業界の積極的な支援という要因も忘れるわけにはいかないし,さらに,59年に独裁者バティスタを倒して社会主義政権を樹立させたキューバ革命によって与えられた,好ましい刺激も見のがすことはできない。革命に対立するもの以外はすべて可とする寛大な文芸政策を打ち出したカストロ政権は,文化機関である〈アメリカの家〉の創設や同名の文芸誌の発刊を通じて,互いに孤立していた大陸全体の作家たちの交流を増進すると同時に,それ以後に目ざましい活躍をみせることになる新人たちを多数送り出したのである。

 植民地的な遺制からの脱却の可能性を示すことによって,ラテン・アメリカの人々,とりわけ知識人らの精神を高揚させたキューバ革命の成功と符節を合わせたかのように,60年代の初めから次々に傑作,秀作と呼ぶべきものが発表されだした。アルゼンチンのペロン政権下の暗い時代の中での不条理な愛の葛藤を描いたサバトErnesto Sábato(1911- )の《英雄たちと墓》(1961),廃虚に等しい工場を舞台にして生の無意味を追究したウルグアイのオネッティの《造船所》(1961),フランス大革命のカリブ地域に及ぼした影響をたどったキューバのカルペンティエルの《光の世紀》(1962),メキシコ革命で成り上がった男の臨終の床の意識をなぞったフエンテスの《アルテミオ・クルスの死》(1962),実験的なスタイルで根なし草的な生を浮かび上がらせたアルゼンチンのコルターサルの《石蹴り遊び》(1963),ペルーの社会的現実を全体小説のかたちでとらえたバルガス・リョサの《緑の家》(1966)。そして,架空の町マコンドの創建と滅亡に仮託して新世界の歴史を描いたコロンビアのガルシア・マルケスの《百年の孤独》(1967)。素材も形式もきわめて雑多であって,強い物語性と前衛的な方法性といった抽象的なレベルでしか共通性を語りえないこれらの作品は,小説文学の命脈について一般になされている不吉な予言におびえていたパリ,ニューヨーク,ロンドンの読者たちを,そのうちに秘めた活力によって驚かし,安堵(あんど)させたのだった。チリの革命,反革命で始まった70年代から80年代にかけて,M.A.アストゥリアス,カルペンティエル,レサマ・リマ,コルターサルらがこの世を去り,才能ある新人の登場も多くはみられないという事態の中で,さすがに〈ブーム〉も鎮静した感があるが,それでも毎年のように,中堅的な作家たちによる話題作を提供し,〈ブーム〉の中で獲得した読者の関心を相変わらず集めている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラテンアメリカ文学」の意味・わかりやすい解説

ラテンアメリカ文学
ラテンアメリカぶんがく
Latin American literature

西半球のスペイン語圏諸国と,ポルトガル語圏のブラジルで書かれた文学作品の総称。先住民族の詩や演劇,神話,歴史書も含まれる。ラテンアメリカ文学の最初期の作品は,新大陸に到達し,征服し,植民地建設にたずさわったヨーロッパ人の戦記や年代記などである。こうした直接的な体験に基づいた作品としては,アステカ民族を征服した H.コルテスがカルル5世にあてた『報告書簡集』や,B.D.デル・カスティーリョがメキシコ征服を記録した『ヌエバエスパーニャ征服の真相』などがある。征服者たちのなかには,みずからの冒険や功績を叙事詩の韻律を用いて表わそうとした者もおり,チリのアラウカノ族との戦いを歌った A.デ・エルシリャ・イ・スニガの『ラ・アラウカナ』 (1569~90) が傑作としてあげられる。一方ポルトガルに征服されたブラジルでは,ポルトガル人の探検家や宣教師は新大陸の豊かな美しい自然を記録し,称賛することに専念した。ラテンアメリカ植民地が安定した 16~17世紀には,ヨーロッパ本国との密接なつながりから,植民地の文学は本国の文学とほぼ並行して発展した。叙事詩は風刺文学や抒情詩に取って代られた。抒情詩の多くはスペインのバロック詩人 L.デ・ゴンゴラ・イ・アルゴテを模倣したものであったが,そのなかでメキシコ生れのクリオーリョで修道女の S.J.I.デ・ラ・クルスが書いた聖俗さまざまな愛を歌った詩は簡潔で美しく,植民地時代を通じて最大の文学的遺産とされる。 18世紀にはフランスの習慣や文学,革命思想が大きな影響を与えるようになった。ラテンアメリカ各地の独立戦争 (1808~24) の頃には,強烈な反逆精神が J.J.オルメドや J.M.デ・エレディア・イ・カンプサノらの愛国的頌詩や英雄詩に表現された。
19世紀中期までには,独立をかちとったラテンアメリカの新国家の間にロマン主義運動が広く普及した。ロマン主義の作家たちは作品の題材として,身近な自然や先住民に目を向け,インディオの歴史や現状,パンパス (南部の温帯草原) で生活するガウチョ,ブラジル北東部の奥地住民などを描いた。このようなモチーフは後世まで続き,ラテンアメリカの典型的な文学ジャンルであるラプラタ川流域のガウチョ文学やブラジルの先住民小説を生み出した。また同じ頃,風俗主義が生れ,さまざまな地域の生活を変化に富んだ視点から詩的に,そして写実的に描き,社会問題に焦点をおいたリアリズム小説へと発展していった。 1870年代後期には政治的,経済的安定から,ラテンアメリカの新国家の多くで人生や文化に関するコスモポリタニズムが高まり,これがモダニズムと呼ばれる文学運動となった。この運動はニカラグアの詩人 R.ダリオの指導のもとで全盛期を迎えた。ダリオは「芸術のための芸術」を信条とし,美,異国趣味,洗練を理想として,自国のものもヨーロッパのものも問わず,象徴主義,高踏派,デカダンスなどさまざまな流行を融合させた。
1920年代から 30年代にかけては第1次世界大戦とその後の世界的な恐慌,スペイン内乱,身近なメキシコ革命などが作家に社会的関心や政治意識の先鋭化をもたらし,メキシコの M.アスエラの『虐げられた人々』 (1916) やエクアドルの J.イカサの『ワシプンゴ』 (34) など,インディオや黒人,メスティーソ (インディオと白人の混血) の農民,都市の貧しい労働者など一般大衆の逆境や苦悩に焦点をあてた散文小説が生れた。またシュルレアリスム,ダダその他の前衛主義も盛んになり,その旗手として,その後も長く活躍したアルゼンチンの J.L.ボルヘスがいる。詩の分野では,ペルーの C.バリェッホ,チリの P.ネルダらが,社会政治学的な関心と,詩型やイメージの大胆な革新とを結びつけた作品を書いた。戯曲においても実験的,革新的な試みが行われ,特にメキシコとブラジルでは 20年代後期から 30年代にかけて,表現主義から不条理劇にいたるさまざまな影響のもとに,多くの試みがなされた。
第2次世界大戦はヨーロッパ文学との接触の一時的な途絶をもたらしたが,同時にスペインその他の国からの亡命作家の来住による影響,戦後の実存主義の伝播もあってラテンアメリカ文学の自立,成熟は促され,世界文学の仲間入りを果して活躍する作家もふえた。コロンビアのノーベル賞作家 G.ガルシア・マルケスは,代表作『百年の孤独』を 1967年に著わした。そのほかにもキューバの A.カルペンティエル,チリの J.ドノソ,アルゼンチンの J.コルタサルおよび映画化された『蜘蛛女のキス』の作家 M.プイグらがよく知られている。現代のラテンアメリカ小説は豊かな才能を誇っており,特殊な素材によりかかった従来の地方主義から脱却するとともに,ヌーボー・ロマンなどの新しい傾向をも完全に体得した手法を用いて,次々に傑作を生んでいる。

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