フランク フレデリクス(英語表記)Frank Fredericks

現代外国人名録2012の解説

フランク フレデリクス
Frank Fredericks


国籍
ナミビア

専門
元・陸上選手(短距離)

トピック
バルセロナ五輪・アトランタ五輪銀メダリスト

肩書
IOC理事

生年月日
1967/10/2

出身地
ナミビア ウィントフーク

学歴
ブリガム・ヤング大学大学院経営管理学修士課程

経歴
ウィントフークの黒人居住区に生まれる。サッカー選手としてナショナルチーム入りまでしたが、その俊足を買われ陸上に転向。コンピューターサイエンスを学ぶため米国ブリガム・ヤング大学に留学し、同大大学院で経営管理学を専攻。1991年米国選手以外で初めて全米学生の短距離二冠を達成。同年東京世界選手権は100メートル5位(9秒95の自己ベスト)、200メートル銀メダル。’92年バルセロナ五輪でも2種目に銀メダルを獲得し、ナミビアの英雄となる。’93年シュトゥットガルト世界選手権200メートル金メダル(100メートルは6位)。’95年イエーテボリ世界選手権では100メートル4位、200メートル2位。’96年フィンランドでの国際室内競技会100メートルで10秒05の室内世界最高記録を、200メートルで19秒92の室内世界記録を樹立。さらにワールドゲームスで100メートルでは歴代3位の9秒87で優勝した。同年アトランタ五輪100メートル、200メートルで、前回に続いて銀メダルを獲得。続く陸上GPベルリン大会では優勝、ゴールデン4に全勝という快挙を成し遂げた。’97年アテネ世界選手権200メートル優勝。’98年アフリカ選手権200メートル優勝。’99年世界室内陸上200メートル優勝。2003年世界選手権200メートルで7位。2004年アテネ五輪200メートルで4位。同年現役を引退。200メートル19秒68は世界歴代2位。アフリカ陸上界の先駆者として、長年世界の第一線で活躍した。のち国際オリンピック委員会(IOC)選手委員会委員長を務め、2008年IOC理事に就任。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

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