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フリードリヒ・ウィルヘルム[1世] Friedrich Wilhelm I

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世界大百科事典 第2版の解説

フリードリヒ・ウィルヘルム[1世]【Friedrich Wilhelm I】

1688‐1740
プロイセン王。在位1713‐40年。フリードリヒ2世(大王)の父で,〈軍人王〉のあだ名がある。宮廷の冗費を切り詰め,王領地財政と租税徴収機構を一本化するとともに,中央に総監理府,各州に軍事・御料地財務庁を設け,国王の親政による絶対主義的な統治方式を完成した。その厳正で合理的な財政を基礎に,常備軍の兵力を倍以上に増大させ,プロイセンを列強の地位に高めるための土台を築いた。【成瀬 治】

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世界大百科事典内のフリードリヒ・ウィルヘルム[1世]の言及

【プロイセン】より

… これ以後,プロイセン公国は,ホーエンツォレルン家のもとに,同君連合のかたちで,歴代のブランデンブルク選帝侯の支配をうけるが,プロイセンに対するポーランドの宗主権はなおも存続した。ようやく〈大選帝侯〉フリードリヒ・ウィルヘルム(在位1640‐88)のとき,スウェーデン・ポーランド間の戦争(1655‐60)に乗じて,ブランデンブルクはポーランドからプロイセン公国における完全な主権を獲得し(1657),1660年のオリバOliva和約でこの主権はスウェーデン・ポーランド両国により承認された。 プロイセン公国でも,ブランデンブルクにおけると同様,16世紀以来ユンカー(地方貴族)の農奴制的な直営地経営(グーツヘルシャフト)が発展していた。…

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