プトレマイオス11世アレクサンドロス2世(読み)プトレマイオスじゅういっせいアレクサンドロスにせい(その他表記)Ptolemaios XI Alexandros II

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

プトレマイオス11世アレクサンドロス2世
プトレマイオスじゅういっせいアレクサンドロスにせい
Ptolemaios XI Alexandros II

[生]前115頃
[没]前80
プトレマイオス朝の王 (在位前 80) 。同朝直系の最後の王。プトレマイオス 10世アレクサンドロス1世の子。祖母クレオパトラ3世と父がセレウコス朝と戦ったとき,財宝を持ってコス島に避難。前 88年頃ローマと戦っていたポントス王ミトラダテス6世がコス島を占領したとき,捕えられた。4年後ローマ人のもとに逃亡し,人質としてさらに3年間ローマで過した。伯父のプトレマイオス9世が死ぬとローマの将軍 L.スラの同意を得てエジプトに帰還,伯父の妃であった母ベレニケ3世を妃とし,共同統治 19日目に彼女を暗殺したが,自分も殺された。

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