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ベートマン・ホルウェーク Theobald von Bethmann Hollweg

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世界大百科事典 第2版の解説

ベートマン・ホルウェーク【Theobald von Bethmann Hollweg】

1856‐1921
ドイツ帝国の政治家。1905年プロイセン内相,09年帝国宰相(‐1917)。第1次大戦前のドイツは,対外的に軍備拡張を競いながら孤立化し,国内では社会民主党の進出に悩んだ。ベートマンは内政改革やイギリスとの和解に努めながら,結局現状維持と強硬路線にとどまった。大戦中も膨張政策を進めながら,その態度の不徹底さのゆえに,議会と右派の双方から批判を浴び,ついに失脚した。【木谷 勤】

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世界大百科事典内のベートマン・ホルウェークの言及

【ドイツ帝国】より

…皇帝と帝国宰相B.vonビューロー(在任1900‐09)はこの動揺を鎮め,支配層の結集をはかるため農業関税の再引上げや重工業の利益になる大艦隊の建造を進める一方,膨張主義的世界政策の展開によって国民の統合をはかった。しかし増大する軍事費の負担をめぐって支配層の内部にも対立が生まれ,帝国宰相ベートマン・ホルウェーク(在任1909‐17)はこの対立の打開に腐心したが解決策を見いだせず,左右から批判を浴びた。第1次大戦前夜のドイツ帝国にとって内政での最大の問題はドイツ社会民主党の躍進で,同党は1912年の総選挙で帝国議会の第1党になった。…

※「ベートマン・ホルウェーク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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