ボードアン[フランドル伯]
ボードアン[フランドルはく]
Baudouin(Boudewijn); Baldwin
フランドル地方を支配した家系。バルドゥワンとも表記される。ボードアン1世鉄腕王 (878没) がカロリング朝カルル2世 (禿頭王)の娘と結婚しフランドル伯に封じられてから,9代にわたって同名の伯がフランドルを支配した。4世美髯王 (1036没) はフランドルに定期市を開設し,5世柔和王 (67没) はフランス王フィリップ1世幼少期に摂政をつとめ,またその娘はイングランドのウィリアム1世 (征服王) の妃となった。8世勇敢王はエノー伯領を併合し,エノー伯としてはボードアン5世と呼ばれた。9世 (1205没) は第4次十字軍に出陣し,コンスタンチノープルでラテン帝国を建国,皇帝に擁立され1世と称した (04) が,ギリシア人やブルガリア人と戦って捕虜となり (05) ,消息を絶った。
ボードアン
Beaudouin, Eugène-Élie
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のボードアンの言及
【ラテン帝国】より
…第4回[十字軍]とベネチアが,〈ローマニア(ビザンティン帝国支配領域)分割協定〉(1204年3月)に基づき,コンスタンティノープル攻略(1204年4月)後に合作した国家。同協定の定める皇帝選考委員会(ベネチア側,騎士側それぞれ6名から成る)は,自ら従軍したベネチア総督ダンドロEnrico Dandoloの筋書どおり,十字軍指導者のモンフェルラート辺境伯ボニファチオBonifacioをさしおいて,フランドル伯ボードアンBeaudouinを選び,後者は,皇帝を出さなかったベネチア側から選ばれたコンスタンティノープル・ラテン総主教モロシニTomaso Morosini(ベネチア貴族出の修道士)により,アヤ・ソフィア教会でボードアン1世(在位1204‐05。バルドゥイヌス1世Balduinus I)として戴冠された(1204年5月)。…
※「ボードアン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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