日本大百科全書(ニッポニカ) 「メラニン生合成阻害剤」の意味・わかりやすい解説
メラニン生合成阻害剤
めらにんせいごうせいそがいざい
殺菌剤を病原菌の標的との相互作用で分けたときの分類の一つ。イネいもち病菌は、イネに感染するために付着器とよぶ特徴的な組織を形成し、イネ葉面上で8メガパスカルにも達する膨圧をかけて物理的に侵入菌糸を葉表皮から貫通させて感染を成立させる。付着器の物理的強度を維持するためにメラニンが重要な役割を果たしているが、イネいもち病菌の生育には直接必要ない。メラニン生合成阻害剤は、メラニンの生合成を阻害することにより、イネいもち病菌の感染を阻害して防除効果を発揮するが、イネいもち病菌自体への殺菌効果を示さない静菌性の殺菌剤である。なお、菌類のメラニンは、酢酸からβ(ベータ)-ポリケト酸を経由して合成されたナフタレン骨格(ペンタケタイド生合成経路)が酸化的に重合して形成された色素であり、チロシンが酸化重合した動物のメラニンとは骨格が異なる。
メラニン生合成阻害剤には、メラニン生合成経路の還元酵素を阻害する還元酵素阻害剤と脱水酵素を阻害する脱水酵素阻害剤がある。
(1)還元酵素阻害剤 ヒドロキシナフタレン還元酵素の基質結合部位に基質と同様に結合し、競合的に酵素活性を阻害することにより、イネいもち病菌の感染を阻害する。日本で1966年(昭和41)に実用化されたペンタクロロベンジルアルコール(Pentachlorobenzyl alcohol:PCBA。1972年登録失効)を起源とし、フサライド(1970)、トリシクラゾール(1981)およびピロキロン(1985)がそれぞれ登録されている。
(2)脱水酵素阻害剤 メラニン生合成経路のシタロンおよびバーメロンから、それぞれ対応するヒドロキシナフタレンへの反応を触媒する脱水素酵素を競合的に阻害する。イネの病害抵抗性を誘導するシクロプロパンカルボン酸誘導体を起源とし、日本では、カルプロパミドが1997年(平成9)に登録された。その後、ジクロメシット(2000)およびフェノキサニル(2000)が登録された。カルプロパミドは、メラニン生合成阻害のみならず、イネ体内において、イネの病害抵抗性に関与するファイトアレキシン(モミラクトンやサクラネチン)を誘導・蓄積し、感染防御に関与しているペルオキシダーゼ活性を高める。
[田村廣人]