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ラクチョウのお時 ラクチョウの おとき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ラクチョウのお時 ラクチョウの-おとき

1928-
昭和3年生まれ。東京の女商業学校の生徒のとき,空襲で肉親と離別。戦後,有楽町の国電ガード下にたつ街娼となる。昭和22年4月NHK藤倉修一アナウンサーインタビューをうけ,街頭録音「ガード下の娘たち」として放送され,反響をよんだ。自称は西田時子。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

20世紀日本人名事典の解説

ラクチョウのお時
ラクチョウノオトキ

昭和期の女性 敗戦直後・有楽町界隈の街娼の姐御格。



生年
昭和3(1928)年

没年
(没年不詳)

出生地
東京

本名
西田 時子

経歴
太平洋戦争中の空襲で肉親と別れたといい、本名など素性ははっきりしないが、戦後廃墟となっていた東京・有楽町で日劇の地下をねぐらに、パンパン(娼婦)の群れに身を投じる。昭和22年当時、ガード下に立つ街娼はざっと150人で、ラクチョウ界わいの女親分“夜嵐あけみ”の妹分として名を知られる。同年4月、NHKの藤倉修一アナが隠しマイクでお時にインタビューし、「街頭録音」の時間に「ガード下の娘たち」と題して放送されると、大きな反響を呼んだ。この放送のあと、お時は姿を消し、千葉県市川市の鼻緒工場に就職して更生する。そして23年1月14日の「社会探訪・ガード下の娘後日談」で、世間の冷たい目を歯を食いしばってこらえながら働くその姿が紹介された。その後、焼鳥屋、結婚、離婚、クラブのママ、と変転が伝えられたが、消息不明に。

出典|日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)
(C) 2004 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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