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ラ・ロシュフーコー=リアンクール公 ラ・ロシュフーコー=リアンクールこうLa Rochefoucauld-Liancourt, François-Alexandre-Frédéric, duc de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラ・ロシュフーコー=リアンクール公
ラ・ロシュフーコー=リアンクールこう
La Rochefoucauld-Liancourt, François-Alexandre-Frédéric, duc de

[生]1747.1.11. ラロシュギヨン
[没]1827.3.27. パリ
フランスの政治家。救貧対策に関心をもち個人の自由を主張する自由主義貴族で,1780年自己の所領に模範農場と技芸学校を創設。 89年全国三部会の貴族身分代表に選ばれ,7月の民衆騒乱に際し国王ルイ 16世の「あれは反乱か」の問いに「いや陛下,革命です」と答えたことで知られる。 92年の八月十日事件でイギリス,次いでアメリカに亡命。 99年帰国し,王政復古後,上院議員として活躍したが非妥協的で,1825年引退を強いられた。 21年科学アカデミー会員。

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