コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

レーデラー Lederer, Emil

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レーデラー
Lederer, Emil

[生]1882.7.2. ピルゼン
[没]1939.5.29. ニューヨーク
ドイツの経済学者。ウィーン大学卒業後,ベルリン大学に学ぶ。第1次世界大戦前,M.ウェーバー,W.ゾンバルトなどと『社会科学ならびに社会政策紀要』 Archiv für Sozialwissenschaft und Sozialpolitikの編集に従事,その後ハイデルベルク大学教授を経て,1923~25年東京帝国大学教授。帰国後ベルリン大学教授に就任したが,ナチス政権が樹立されたためアメリカに亡命,33~39年ニューヨークの政治社会学学院で講義。当時のドイツ理論経済学を代表する学者であり,構造変動論と呼ばれる景気変動論を主張したほか,一般理論,失業などの問題にもすぐれた研究がある。主著『理論経済学概要』 Aufriß der ökonomischen Theorie (1931) ,『景気変動と恐慌』 Konjunktur und Krisen (25) 。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

レーデラー Lederer, Emil

1882-1939 ドイツの経済学者。
1882年7月22日ボヘミア生まれ。ハイデルベルク大教授をへて大正12年(1923)東京帝大の招きで来日し,経済学部で2年間おしえる。帰国後ベルリン大教授となったが,ナチスに追われアメリカに亡命した。1939年5月29日死去。56歳。ウィーン大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

レーデラー

没年:1939.5.29(1939.5.29)
生年:1882.7.22
東京帝大経済学部で「経済学」を担当した外国人教師。ドイツ人。在任期間は大正12(1923)年度と13年度。大正13年度は社会学も講じる。理論的にはマルクス経済学に立脚しつつ,限界効用学説にも接近した。政治と経済の関連を視野にいれた幅広い学風で知られ,また有沢広巳,大森義太郎,高橋正雄らに大きな影響を与えた。ドイツ帰国後の著書に《Japan‐Europa》《Japan in transition》などの日本論がある。その後は社会民主党の理論的指導者として活躍した。<参考文献>玉野井芳郎『日本の経済学』,『東京大学百年史 部局史1』

(藤井隆至)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レーデラー
れーでらー
Emil Lederer
(1882―1939)

ドイツの経済学者。ウィーン大学、ベルリン大学に学び、1910年以降、マックス・ウェーバーやW・ゾンバルトとともに『社会科学および社会政策紀要』の編集に従事し、20年にはハイデルベルク大学教授となった。23~25年(大正12~14)には来日して東京帝国大学で教壇に立ち、帰国後はベルリン大学教授になったが、ナチス政権樹立後はアメリカに亡命し、ニューヨーク政治学社会学学院に勤め、アメリカで没した。彼はベーム・バベルクなどオーストリア学派の影響を受けながら、古典派経済学やマルクス経済学にも造詣(ぞうけい)が深く、景気変動理論では、経済構造の変化を軸に景気変動を説明する構造変動説を展開した。そのほかには技術進歩と失業に関する研究もあるが、彼はまた新カント派の哲学や社会学にも深い理解を示し、ことに大衆社会の研究には優れたものがあった。主要な著作としては『景気変動と恐慌』(1925)、『理論経済学概要』(1931)、『技術進歩と失業』(1931)などがある。[志田 明]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

レーデラー

生年月日:1882年7月2日
ドイツの経済学者
1939年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

レーデラーの関連キーワード玉野井芳郎大衆社会論ウェルス生年月日全体主義アモン志田技術

今日のキーワード

MERY

ファッション情報を中心とした女性向けデジタルメディア。運営元は株式会社MERY。2013年、株式会社ペロリによって創設された。同社が株式会社ディー・エヌ・エーの子会社となった14年以降も運営は継続され...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

レーデラーの関連情報