レーモンド(英語表記)Antonin Raymond

改訂新版 世界大百科事典 「レーモンド」の意味・わかりやすい解説

レーモンド
Antonin Raymond
生没年:1888-1976

日本で活躍したアメリカの建築家チェコスロバキアのプラハ近郊クラドノKladno生れ。プラハ工科大学卒。1916年アメリカに渡り,F.L.ライトのタリアセン工房に入る。19年帝国ホテル設計監理のためライトとともに来日。日本の建築工芸の美と機能にひかれ,20年東京に事務所を開く。その後,第2次大戦中一時帰国したほかは日本で活動を続ける。戦前作品に東京女子大学講堂チャペル(1934),軽井沢の聖パウロカトリック教会(1934)がある。48年東京に事務所再開。初の建築学会賞受賞作リーダーズ・ダイジェスト東京支社(1950-52)は,当時の日本の水準をはるかに超えており,大きな影響を与えた。後に名古屋の南山大学で再び学会賞(1964年度)を受賞。自邸をはじめ住宅作品には日本伝統の木造構造が巧みに生かされ高い評価が与えられている。
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百科事典マイペディア 「レーモンド」の意味・わかりやすい解説

レーモンド

現在のチェコ出身の米国の建築家。プラハ工科大学に学んだのち,1916年渡米。F.L.ライト助手を務め,1919年師とともに来日し,帝国ホテルの建築に従事した。東京に建築事務所を開き,東京女子大学講堂チャペル,軽井沢の聖パウロ・カトリック教会などを建築。1938年帰米したが,第2次大戦後再び来日。リーダーズ・ダイジェスト東京本社などを設計し,日本の現代建築に影響を与えた。
→関連項目吉村順三

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「レーモンド」の解説

レーモンド Raymond, Antonin

1888-1976 アメリカの建築家。
1888年5月10日チェコ生まれ。大正9年来日し,旧帝国ホテル建築中のライトに協力。のち東京に事務所をひらき,終生日本で活動した。作品に戦前の東京女子大,聖路加病院,戦後のリーダーズ-ダイジェスト東京支社,群馬音楽センターなどがある。昭和51年10月25日死去。88歳。プラハ工科大卒。

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