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ワーキディー ワーキディー al-Wāqidī, Abū `Abd Allāh Muḥammad ibn `Umar

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワーキディー
ワーキディー
al-Wāqidī, Abū `Abd Allāh Muḥammad ibn `Umar

[生]747. メジナ
[没]823.4.28. バグダード
アラブの歴史家。アッバース朝カリフ,ハールーン・アッラシードマームーンに仕えた。多数の著書中マホメットの戦争活動を伝えた『征戦史』 Kitāb al-Maghāzīが現存する。その他の著書は残っていないが,イスラム初期 200年間の事情に関する広い知識をもって後世の史学に貢献した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ワーキディー【al‐Wāqidī】

747∥748‐822∥823
イスラムの預言者ムハンマドの戦記を著した歴史家。メディナで生まれ,そこで学んだ。のちにバグダードに出て,アッバース朝カリフ,マフディーやハールーン・アッラシードに仕え,カーディー(裁判官)として活躍し,同地で没した。主著《戦記Kitāb al‐Maghāzī》は,ムハンマドが自ら軍を率いて戦った戦争と,代理人を派遣して戦った戦争の詳細で実証的な記録である。彼が集めたその他の記録は弟子のイブン・サードが利用している。

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世界大百科事典内のワーキディーの言及

【戦争】より

…610年ごろから預言者としてメッカで活動していたムハンマドには,戦う姿勢はなかったが,この移住を契機にムハンマドと彼の支持者は戦う集団となった。後世,多数のムハンマドの《戦記》が著されたが,その代表的なものであるワーキディーの《戦記》は,ムハンマドが直接,間接に指揮した大小76回の戦いについて詳述している。その戦いのうち初期に属するバドルの戦やウフドの戦の相手はメッカの人々で,文字どおりムハンマドと彼の支持者の親,子,兄弟であった。…

【歴史】より

…8世紀の後半から,これらの伝承の収集と記録が行われ,新形式の歴史叙述アフバールakhbārが始められた。このことは,イスラム教徒の関心がムハンマド伝だけにとどまらず,その後の教徒の発展と共同の経験とに向けられたことを示すが,シーラの史家ワーキディーはアフバールを利用して,ムハンマド没後のアラブ部族の離反や大征服史をも著し,メディナ学派とイラク学派の伝統の融合に道を開いた。 アッバース朝の最盛期であった9世紀にイスラム教徒の歴史意識は高まり,《フダーイ・ナーマ》およびシュウービーヤ運動の影響もあって,新しい総合的歴史叙述が生み出された。…

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