ワーキディー(英語表記)al - Wāqidī

改訂新版 世界大百科事典 「ワーキディー」の意味・わかりやすい解説

ワーキディー
al - Wāqidī
生没年:747・748-822・823

イスラムの預言者ムハンマド戦記を著した歴史家。メディナで生まれ,そこで学んだ。のちにバグダードに出て,アッバース朝カリフ,マフディーハールーン・アッラシードに仕え,カーディー(裁判官)として活躍し,同地で没した。主著《戦記Kita-b al-Maghāzī》は,ムハンマドが自ら軍を率いて戦った戦争と,代理人を派遣して戦った戦争の詳細で実証的な記録である。彼が集めたその他の記録は弟子イブン・サードが利用している。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のワーキディーの言及

【戦争】より

…610年ごろから預言者としてメッカで活動していたムハンマドには,戦う姿勢はなかったが,この移住を契機にムハンマドと彼の支持者は戦う集団となった。後世,多数のムハンマドの《戦記》が著されたが,その代表的なものであるワーキディーの《戦記》は,ムハンマドが直接,間接に指揮した大小76回の戦いについて詳述している。その戦いのうち初期に属するバドルの戦やウフドの戦の相手はメッカの人々で,文字どおりムハンマドと彼の支持者の親,子,兄弟であった。…

【歴史】より

…8世紀の後半から,これらの伝承の収集と記録が行われ,新形式の歴史叙述アフバールakhbārが始められた。このことは,イスラム教徒の関心がムハンマド伝だけにとどまらず,その後の教徒の発展と共同の経験とに向けられたことを示すが,シーラの史家ワーキディーはアフバールを利用して,ムハンマド没後のアラブ部族の離反や大征服史をも著し,メディナ学派とイラク学派の伝統の融合に道を開いた。 アッバース朝の最盛期であった9世紀にイスラム教徒の歴史意識は高まり,《フダーイ・ナーマ》およびシュウービーヤ運動の影響もあって,新しい総合的歴史叙述が生み出された。…

※「ワーキディー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

ゲリラ豪雨

突発的に発生し、局地的に限られた地域に降る激しい豪雨のこと。長くても1時間程度しか続かず、豪雨の降る範囲は広くても10キロメートル四方くらいと狭い局地的大雨。このため、前線や低気圧、台風などに伴う集中...

ゲリラ豪雨の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android