コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

一柳直頼 ひとつやなぎ なおより

1件 の用語解説(一柳直頼の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

一柳直頼 ひとつやなぎ-なおより

1602-1645 江戸時代前期の大名。
慶長7年7月23日生まれ。一柳直盛の3男。転封(てんぽう)先の伊予(いよ)(愛媛県)西条へおもむく途中病死した父の遺領のうち1万石をあたえられ,寛永13年(1636)伊予小松藩主一柳家初代となる。15年周布郡(すふぐん)塚を開墾,小松と改称して陣屋をかまえた。正保(しょうほ)2年4月28日死去。44歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の一柳直頼の言及

【一柳氏】より

…近世大名。美濃国の出身。直盛は豊臣秀吉に仕え,尾張黒田3万5000石を領有。関ヶ原の戦のときより徳川家康に属し,翌年伊勢神戸(かんべ)5万石となる。1636年(寛永13)伊予西条6万3000石に移封されるが,直盛の死去により,遺領は3子に分割。西条3万石は直重が相続し,その子直興のとき,分知して2万5000石。しかし65年(寛文5),勤仕怠慢を理由に除封された。一方,播磨小野は直家が相続。みずからの知行と合わせて2万8600石を領したが,直家の死後は1万石に減封。…

※「一柳直頼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

一柳直頼の関連キーワード森川重信上杉定勝内田正衆五島盛勝竹隠本多忠利(1)前田利広前田光高松浦久信皆川成郷

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone