一色教親(読み)いっしき・のりちか

朝日日本歴史人物事典 「一色教親」の解説

一色教親

没年:宝徳3.11.28(1451.12.21)
生年:応永26(1419)
室町時代武将。持信の子。左京大夫。永享6(1434)年の父の死後,父同様,近習として将軍足利義教に重用された。義教は,同11年に編まれた『新続古今和歌集』を見て,教親ら4人を入選にふさわしくない初心者と怒っているが(『建内記』),それは寵臣として権勢を振るう教親らに対するいら立ちを示している。翌年伯父義貫が義教の命で殺されると,遺領のうち丹後(京都府)と尾張(愛知県)海東・智多両郡守護職を認められて一色宗家を継ぎ,伊勢(三重県)半国守護職をも兼ねた。文安4(1447)年から2年間は侍所頭人も務めている。

(河村昭一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「一色教親」の解説

一色教親 いっしき-のりちか

1419-1451 室町時代の武将。
応永26年生まれ。一色持信(もちのぶ)の子。永享12年伯父の一色義貫(よしつら)が将軍足利義教(よしのり)に殺され,一色家の惣領(そうりょう)となる。同年丹後・伊勢(いせ)の守護,のち侍所(さむらいどころ)頭人(とうにん)。歌人としても知られた。宝徳3年11月28日死去。33歳。死後,家督は義貫の子義直(よしなお)がついだ。通称五郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android