一色義定(読み)いっしき よしさだ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「一色義定」の解説

一色義定 いっしき-よしさだ

?-1582 織豊時代の武将。
一色義道の子。丹後(京都府)国主の父とともに,細川藤孝(幽斎)・忠興(ただおき)父子の丹後侵攻に抗する。天正(てんしょう)7年居城の八田城をおとされて父が自害し,義定は残党をひきつれ弓木城にのがれる。8年明智光秀の仲介によって講和し,藤孝の娘を妻とする。のち藤孝にそむき,天正10年9月8日謀殺された。名は別に義俊。通称は五郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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