日本歴史地名大系 「一言村」の解説 一言村ひとことむら 静岡県:磐田郡豊田町一言村[現在地名]豊田町一言、磐田市一言磐田原南西部台地と西側の天竜川下流左岸沖積平野部からなる。祝(いわい)川と寺谷(てらだに)用水の幹線が南流し、村の南端を東西に東海道が通り、東の中泉(なかいずみ)村(現磐田市)境から西の下万能(しもまんのう)村境まで一七八間半(東海道宿村大概帳)。村の北側を本坂通が通る。正保郷帳に村名がみえ、幕府領、田方四五〇石余・畑方八一石余、法泉庵領・知恩(ちおん)寺領三石。元禄郷帳では高七八七石余。元禄一一年(一六九八)旗本皆川領となり幕末に至る(「寛政重修諸家譜」・旧高旧領取調帳など)。「遠淡海地志」によれば家数九〇余。東海道見付(みつけ)宿(現磐田市)の助郷役は加茂西(かもにし)村に同じ。皆川氏の陣屋があった(前掲大概帳)。同氏は当村・西之島(にしのしま)村、匂坂中(さぎさかなか)村・下岡田(しもおかだ)村(現磐田市)の一千八〇〇余石を領した(旧高旧領取調帳)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by