一閑寺(読み)いつかんじ

日本歴史地名大系 「一閑寺」の解説

一閑寺
いつかんじ

[現在地名]玉造町甲

柄貝からかいにある。曹洞宗、玉松山と号し、本尊釈迦如来。寺伝によれば、天福二年(一二三四)に玉造城主が亡父菩提を弔うため加茂かもに創建し、法相宗天福てんぷく寺と称したが、その後現在地に移り、曹洞宗に改宗して天寧てんねい寺に改めたという。寛文年中(一六六一―七三)廃絶されたが、まもなく水戸藩主徳川光圀が下総国国府台こうのだい(現千葉県市川市)総寧そうねい寺の住職一閑祖寧を迎え中興開山とし、元禄一〇年(一六九七)寺号も一閑寺と改めたといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む