一閑寺(読み)いつかんじ

日本歴史地名大系 「一閑寺」の解説

一閑寺
いつかんじ

[現在地名]玉造町甲

柄貝からかいにある。曹洞宗、玉松山と号し、本尊釈迦如来。寺伝によれば、天福二年(一二三四)に玉造城主が亡父菩提を弔うため加茂かもに創建し、法相宗天福てんぷく寺と称したが、その後現在地に移り、曹洞宗に改宗して天寧てんねい寺に改めたという。寛文年中(一六六一―七三)廃絶されたが、まもなく水戸藩主徳川光圀が下総国国府台こうのだい(現千葉県市川市)総寧そうねい寺の住職一閑祖寧を迎え中興開山とし、元禄一〇年(一六九七)寺号も一閑寺と改めたといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む