三増村(読み)みませむら

日本歴史地名大系 「三増村」の解説

三増村
みませむら

[現在地名]愛川町三増

角田すみた村の西にあり、南から西は田代たしろ村。村の北方山地で、津久井つくい根小屋ねごや(現津久井郡津久井町)との間に三増峠がある。この山地は永禄一二年(一五六九)甲斐武田・小田原北条両氏の合戦場であり、江戸時代には幕府に貢納する御炭山である。これら山地から流出する小渓を集め、栗沢くりさわ川が村の中央を東南に流れ、角田村を経て中津なかつ川に合流する。この川に沿って三増峠を越え津久井に通じる信玄しんげん道が村を縦断し、集落は道沿いに形成されている(皇国地誌)

近世は元禄一〇年(一六九七)まで幕府直轄領、同一一年―宝永二年(一七〇五)下総関宿藩領、再度幕府直轄領を経て享保一三年(一七二八)下野烏山藩領となる。検地は慶長八年(一六〇三)・寛文一一年(一六七一)・貞享四年(一六八七)の実施が伝えられるが、元禄一三年三月牧野成春実施の検地帳が伝存し、以降の規準となったものと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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