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三条公忠 さんじょう きんただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三条公忠 さんじょう-きんただ

1324-1384* 南北朝時代の公卿(くぎょう)。
元亨(げんこう)4年8月16日生まれ。父は三条実忠(さねただ)。母は藤原公直(きんなお)の娘。延文5=正平(しょうへい)15年内大臣にすすむ。従一位。歌人で,有職(ゆうそく)故実にも通じた。日記に「後愚昧記(ごぐまいき)」。永徳3=弘和(こうわ)3年12月24/27日死去。60歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

三条公忠

没年:永徳3/弘和3.12.24(1384.1.17)
生年:貞和2/正平1(1346)
南北朝期の公卿。一説に弘和3年12月27日死亡。父は前内大臣実忠,母は川原公直の娘。のち後押小路内府とも呼ばれる。歌人としても知られる。近衛中将,権中納言,権大納言を歴任し延文5/正平15(1360)年内大臣。有職故実に精通し,公家の中で公忠を師と仰ぐ者が多かったという。書にも優れ願文,諷誦文の清書の依頼も多く絵巻物の『暮帰絵詞』の詞書筆者のひとりとしても知られる。日記『後愚昧記』(『大日本古記録』所収)を残しており,南北朝期の社会,歌壇史研究の上でも有用な重要史料となっている。

(小森正明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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