三条城跡(読み)さんじようじようあと

日本歴史地名大系 「三条城跡」の解説

三条城跡
さんじようじようあと

[現在地名]三条市元町

元和二年(一六一六)四万石を知行して三条へ入部した市橋長勝によって築かれた平城。それまでの三条城は須頃すごろ島にあった三条しまノ城であったが、荒廃がひどく、長勝は入部すると新城普請に着手した。新城地は南と西を五十嵐いからし川に囲まれた要害地であり、築城に伴い信濃川を五十嵐川と連結させる掘割普請を実施、仁政要録(清源寺文書)に「五十嵐川ト云大河ヲ築留メ、新川ヲ堀リ、城ノ惣堀ヘ水ヲ引入レ惣構ノ要害トス」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む