三瀬周三(読み)みせ しゅうぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「三瀬周三」の解説

三瀬周三 みせ-しゅうぞう

1839-1877 幕末-明治時代の医師。
天保(てんぽう)10年10月1日生まれ。叔父の二宮敬作にまなび,シーボルトの最後の弟子となる。文久元年(1861)師の江戸参府に随行,幕府の忌諱にふれて投獄された。伊達宗城の尽力でゆるされ,伊予(いよ)(愛媛県)大洲(おおず)藩につかえる。明治3年大阪医学校教授。妻はシーボルトの孫,楠本たか。明治10年10月19日死去。39歳。伊予出身。名は諸淵(もろぶち)。字(あざな)は修夫。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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