三瀬館跡(読み)みせやかたあと

日本歴史地名大系 「三瀬館跡」の解説

三瀬館跡
みせやかたあと

[現在地名]大台町上三瀬

上三瀬かみみせ北方、熊野街道に沿い、背後に急峻な山地が迫る山腹にある。館跡は、尾根に挟まれた谷間に階段状の平坦地が九段ほど残っている。この周囲は北側と東側は急傾斜の丘陵の麓でさえぎられ、西側は深く浸食された谷に接している。館跡の東方の標高一五〇メートルの茶臼ちやうす山と西方の標高一八〇メートルの八幡山の頂には、東西の見張台があった。北畠具教は大河内合戦ののち隠居し、元亀二年(一五七一)に当館を築き、ここに移って三瀬御所と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む