上善地村(読み)かみぜんじむら

日本歴史地名大系 「上善地村」の解説

上善地村
かみぜんじむら

[現在地名]浜北市上善地

豊田(とよだ)郡に所属。善地村の北、天竜川右岸の氾濫原に立地する。正保四年(一六四七)以降に善地村より分村(遠江国風土記伝)。支配領主の変遷は善地村に同じ。元禄郷帳に善地村枝郷と注記して村名がみえ、高三四石余。元禄一四年(一七〇一)の上善地村持高人別書上(松本家文書)によれば高三四石余、うち三石余は川欠永引、ほかに高一〇石余を東美園(ひがしみその)・八幡(やわた)両村で出作、人数一四五、馬一〇。享保郷村高帳・天保郷帳・旧高旧領取調帳でも同高。元禄年間以降数度の洪水により居村まで危険となったため、享保一〇年(一七二五)には幕府へ願い、代官小林又左衛門の目論見で、堤防に籠出しを付け、堤防の補強を行った(松島家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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