上太田二号墳(読み)かみおおだにごうふん

日本歴史地名大系 「上太田二号墳」の解説

上太田二号墳
かみおおだにごうふん

[現在地名]太子町上太田

しろ山の北部丘陵裾に位置する。七世紀前半の築造と推定される。主体横穴式石室系統を引くが、終末期古墳にみられる変形の構造をもつ。玄室平面は縦長で、奥壁・左右側壁とも一石、天井は二石を用いる。長さ一・二五メートル、幅〇・七メートル、高さ〇・九メートル。床に平石三個を敷き、玄門には板石を立てて閉塞する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[生]1936.2.20. 千葉,臼井プロ野球選手,監督。佐倉第一高等学校から立教大学を経て,1958年に東京読売巨人軍(読売ジャイアンツ)に入団。右投げ右打ちの強打の三塁手として,入団 1年目に本塁...

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