上安久村(読み)かみあぐむら

日本歴史地名大系 「上安久村」の解説

上安久村
かみあぐむら

[現在地名]舞鶴市字上安久

田辺たなべ城下北東五老ごろう(三〇二・三メートル)を背にし伊佐津いさづ川に面する。

古代は大内おおうち(和名抄)に、中世大内庄に含まれていたと考えられる。近世に入り慶長検地郷村帳に高二五二石「上安久村」と出、江戸後期の土目録では二六九石余、内訳は田方二六一石余、畑方八石余。延享三年(一七四六)の郡中高究付覚による農家戸数は三一。

江戸初期、肥前陶工がこの地に来て安久焼を始めたと伝え、長浜ながはま高倉たかくら神社にある狛犬は慶長一八年(一六一三)彼らが奉納したものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む