上福田地村(読み)かみふくでんじむら

日本歴史地名大系 「上福田地村」の解説

上福田地村
かみふくでんじむら

[現在地名]森町睦実むつみ

戸綿とわた村の南西太田おおた川左岸にある。周知すち郡に属する。天正一七年(一五八九)七月七日付の徳川家七ヵ条定書のうちに「遠州福田地 百姓等」に宛てたもの(相羽文書)がある。「遠江国風土記伝」によれば当村は飯田いいだ郷の村で、正保(一六四四―四八)以前に上・下二村に分れたとある。「遠淡海地志」には古来長川村というと記される。草分けは相羽家とその従者六人の七軒であるといわれる。正保郷帳に上福田地村とみえ高七六石余(田方六五石余・畑方九石余・泉蔵領一石余)、水損・日損と注記される。幕府領。享保郷村高帳では掛川藩預所。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む