上野頼兼(読み)うえの よりかね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上野頼兼」の解説

上野頼兼 うえの-よりかね

?-1351 南北朝時代の武将
足利尊氏に属し,建武(けんむ)3=延元元年筑後(ちくご)(福岡県)黒木(くろぎ)城を攻略。石見(いわみ)(島根県),丹後(京都府)の守護となり,南朝方とたたかう。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)に味方し,観応2=正平(しょうへい)6年9月3日但馬(たじま)(兵庫県)で戦死。法名は以紹。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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