上青山村(読み)かみあおやまむら

日本歴史地名大系 「上青山村」の解説

上青山村
かみあおやまむら

[現在地名]常北町上青山

西田にしだ川が村の南部を西から東へ流れ、村内の中央部を石塚いしつか村から勝見沢かつみざわ村を経て笠間へ向かう街道が通る。人家は南北に散在し、南は下青山村。

大中臣氏略系図(京都府福知山市瘤木桐村家蔵)には、鎌倉後期から南北朝期と推定される人物として「那珂惣領 那珂中三左衛門尉 宗久 常陸国相守護也 母太田善民部大夫女」と記され、その妹に「青山彦五郎貞実妻」との注記があり、また同族に「景実、又太郎法名覚実、那珂青山郷、志摩国和具庄、播州穂積庄、延慶元年十二月六日死去六十四歳」なる人物がみえ、景実の叔父実泰には「五郎次郎、青山一分」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む