上高島村(読み)かみたかしまむら

日本歴史地名大系 「上高島村」の解説

上高島村
かみたかしまむら

[現在地名]大平町上高島

横堀(よこぼり)村の南、巴波(うずま)川西岸に立地し、南は下高島村、対岸東は上初田(かみはつだ)村(現小山市)。栃木宿と野木(のぎ)宿を結ぶ脇往還が通る。天正二年(一五七四)四月一六日の某安堵状写(青木文書)に「上高嶋」とあり、小山秀綱とみられる人物が鞁大夫に当地鹿島免五貫文を安堵している。文禄四年(一五九五)の榎本領村高書上(大出善作文書)に高島とあり、高六一九石余。これは下高島村を含めて書上げられたものであろうか。慶安郷帳に村名がみえ、田四一六石余・畑一二二石余で下総古河藩領。


上高島村
かみたかじまむら

[現在地名]勝山市上高島

九頭竜(くずりゆう)川右岸の河岸段丘末端部に位置し、北は北市(きたいち)村、南は若猪野(わかいの)村に接する勝山街道沿いの集落。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図に「高嶋上下 瀬川共ニ」として高九七三・三七石が記される。慶長五年から福井藩領、寛永元年(一六二四)勝山藩領、正保元年(一六四四)幕府領で福井藩預地、貞享三年(一六八六)幕府直轄地、元禄五年(一六九二)以降美濃国郡上藩領となった。正保郷帳で上高島村・下高島村・畔川(あぜがわ)村に分れて記され、上高島村は田方二五八石余・畠方六石余であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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