小山秀綱(読み)おやま ひでつな

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小山秀綱」の解説

小山秀綱 おやま-ひでつな

?-1602/03 戦国-織豊時代武将
小山高朝の子。下野(しもつけ)(栃木県)小山城主。越後(えちご)(新潟県)上杉氏と相模(さがみ)(神奈川県)北条氏の間にあって,つねに立場をかえながら家の存立をはかる。天正(てんしょう)3年北条氏に居城を攻めおとされ,のち配下となる。18年豊臣秀吉による小田原攻めで,北条氏とともに没落した。慶長7/8年死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の小山秀綱の言及

【下野国】より

…小田原城はこの年7月5日には開城したが,それまでに皆川広照は徳川家康の内応工作に乗り,手兵100余名を率いて出城していた。このほかで看過できないのは,下野国きっての名族小山秀綱(小山城主)と那須資晴(烏山城主)の動向であった。まず秀綱は小田原開城2日後に所領没収で故国を去り,資晴は那須衆から孤立して,那須家発祥の地佐良土への退隠を余儀なくされていた。…

※「小山秀綱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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