下二ヶ村(読み)しもにかむら

日本歴史地名大系 「下二ヶ村」の解説

下二ヶ村
しもにかむら

[現在地名]久米南町下二ヶ

上二ヶ村の西から南に位置する。南の宮地みやじ村、北西仏教寺ぶつきようじ村は近世初期には当村の内で、正保郷帳では下二ヶ村として田四四四石・畑三五八石余。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高一九一石余・開高五八石余、村位は中。同年の美作国郷村帳には宮地仏教寺分を除いて高六二三石余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む