下仁田道(読み)しもにたみち(ひめかいどう)

日本歴史地名大系 「下仁田道」の解説

下仁田道(姫街道)
しもにたみち(ひめかいどう)

中山道脇往還の一つ。本庄(ほんじよう)宿(現埼玉県本庄市)より分岐し、上州に入って藤岡、吉井(よしい)(現多野郡吉井町)、福島(ふくしま)(現甘楽町)、富岡から下仁田・初鳥屋(はつとや)(現下仁田町)を経て、和美(わみ)峠越で信州に入り、中山道追分(おいわけ)宿(現長野県北佐久郡軽井沢町)に至る。近世史料には中山道裏道・中山道脇往還・脇道などと記される。文禄二年(一五九三)より南牧(なんもく)関所(現南牧村)と西牧(さいもく)関所(現下仁田町)が置かれていた。沿道には七日市・小幡・吉井各藩の陣屋があり、武士の公用道でもあった。

「群馬県史」(昭和二年刊)では、明治一〇年(一八七七)までに改修を経たる県下の主道路「駅路」の項で「信濃別路」、同年県下道路の等級改定で県道第三等の部のなかに「藤岡ヨリ武州肥土村及富岡・初鳥屋通リ 信州追分道」と表記している(俗称、追分街道と表記するのもある)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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