下俣村(読み)しもまたむら

日本歴史地名大系 「下俣村」の解説

下俣村
しもまたむら

[現在地名]掛川市下俣・下俣南しもまたみなみ一―二丁目・中央ちゆうおう二―三丁目・小鷹町おだかちよう清崎きよさき

小笠おがさ山の北麓、さか川の左岸にあり、東は南西郷みなみさいごう村。「掛川誌稿」に下股村とみえ、掛川の川股の意とされる。下股町村とも記される(元禄郷帳など)北方東海道が通り、街道に沿う部分が慶長一一年(一六〇六)に下俣町となり、掛川宿一三町の一つに数えられた(掛川誌稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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