下右田村(読み)しもみぎたむら

日本歴史地名大系 「下右田村」の解説

下右田村
しもみぎたむら

[現在地名]防府市大字下右田

佐波さば川の右岸右田みぎたヶ岳南麓の村。西南高井たかい、佐波川上流の東は上右田かみみぎた対岸西佐波令にしさばりようの各村に接し、北部は山地である。萩藩領で三田尻宰判に属する。古くは上右田を併せて右田村とよばれた地で、上下に分離して高付されるのは寛永三年(一六二六)の熊野帳以降である。

右田の名は元亨元年(一三二一)一二月一五日付の平子重嗣書状(三浦家文書)に、「周防国仁保庄惣領内波山河内事」としてその四至に「東南得地・上小野・右田」とある。この地は右田保とよばれた公領であったらしく、永正一五年(一五一八)の渡辺文書に「周防国右田保内神大夫屋敷畠小」とみえるが、委細は不詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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