下徳山村(読み)しもとくやまむら

日本歴史地名大系 「下徳山村」の解説

下徳山村
しもとくやまむら

[現在地名]川上村下徳山

西は天谷てんだに川、東は明連みようれん川を境に、上徳山村と上福田かみふくだ村の間に位置する。火砕流台地渓谷をつくる宿浪しゆくなみ川・苗代なわしろ川・明連川が村内で落合い東流して旭川本流に合流、天谷川もほぼ東流して本流に落ちる。旭川左岸の沖積平野や台地麓に徳山・中原なかばら宗利むねとしの集落が立地する。苗代川流域の高原部にある苗代は、文化期(一八〇四―一八)に分郷要求の訴訟を起こしたが実現しなかった(川上村史)正保郷帳によれば田高二六四石余・畑高三四石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳によれば改出高六四石余・開高四九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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