日本歴史地名大系 「下暮地村」の解説
下暮地村
しもくれちむら
文禄―慶長期(一五九二―一六一五)のものと推定される四郡高〆控に村名がみえ、高一七三石余。文禄検地を反映したと推測される村高記録帳写(小野道男家文書)でも高一七三石余、寛文九年(一六六九)の郡内領高辻帳では高一九一石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
文禄―慶長期(一五九二―一六一五)のものと推定される四郡高〆控に村名がみえ、高一七三石余。文禄検地を反映したと推測される村高記録帳写(小野道男家文書)でも高一七三石余、寛文九年(一六六九)の郡内領高辻帳では高一九一石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...